第32話「恋愛詐欺の男」

デパート地下街の菓子売り場に勤める山口夏南に「ちょっと良いですか?」と声をかけてきたのは、スーツにネクタイ姿でサラリーマン風の男性だった。

「得意先に謝罪に行かないといけないのですが、菓子折りは何が良いと思いますか?」
「定番は、とらやの羊羹ですかね。老舗の和菓子屋ですし、羊羹の重みがお詫びの気持ちの重さを表現していると言います。賞味期限が常温で一年ほどですし」
「じゃあ、それでお願いします」

塚田武志は即決で、夏南の言う通りに「とらやの羊羹」を買った。深々と丁寧にお辞儀をしていった塚田。短髪で爽やかな笑顔が印象的な三十歳後半の男性の登場に、三十を超えても男性に縁のない夏南は、久しぶりのときめきを感じていた。

翌日、「こんにちは」と後ろから声をかけられた夏南が振り向くと、爽やかな微笑みを浮かべた塚田が立っていた。

「あなたのお陰で、得意先への謝罪がうまくいきました。ありがとうございました」
「そうですか。それは良かったです」
「良かったら、お礼をさせていただけませんか?」
「お礼、ですか?」

その夜、夏南は塚田に誘われて住宅街の隠れ家的カフェに来ていた。

「すいません、私たいした事していないのに」
「いえいえ、あなたのお陰で仕事がうまくいったんですから」

今まで男性に縁のなかった夏南は、二人きりで食事をするなんて初めての事だった。緊張でがちがちに固まっていた夏南だったが、ユーモアを交えた塚田との会話で少しずつ硬さがほぐれていった。

塚田は、父親の会社を継いだばかりだと言う。時に夢を語り、時に弱音を吐く。時に笑ったり時に泣いたりする。そんな塚田に、夏南は段々と惹かれていった。その後も夏南は、塚田と何度も会うようになった。そして出会って三か月後、自然な流れで二人は結ばれた。

出会って一年が経とうとしていた頃、塚田は夏南にこう言った。

「実は今月厳しくて、あと八十万足りない。必ず返すから、貸してくれないだろうか?」

この頃から結婚を意識していた夏南は、塚田を助けたい一心でお金を貸した。そしてその翌日から、塚田と連絡がとれなくなってしまった。

平日の夕方、夏南は友人から聞いた零美の店にやってきた。

「こんばんは」
「山口夏南さんですね。お待ちしていました。どうぞ」

席に着いた夏南に、零美がコーヒーを持ってきた。

「ありがとうございます」
「今日はどのようなご相談ですか?」

零美の問いかけに、少し間を置いてから夏南は話し始めた。

Sponsered Link



「実は、ある男性の事について知りたいと思いまして……」
「ある男性とは?」
「一年前からお付き合いしている人です。最近連絡が取れなくなってしまいまして……」
「そうなんですか」
「それで、よく考えてみると、私は騙されていたんじゃないかって思いまして……」
「騙されていたと言いますと、お金を貸していたと?」
「はい」
「なるほど。では、あなたとその男性の命式を調べてみましょう」

零美は夏南と塚田の命式を出し、プリントアウトしてテーブルに並べた。

「この人は、論理的思考が得意で頭が良い人です。こういう人は物事を計画的に進めていきますから、おそらくあなたに接触するまでにも、周到な下準備をしていると思いますよ」
「えーーー?」

会う前から計画していたとは、何とも恐ろしい話だと夏南は思った。騙しやすい標的として目をつけられてしまったのかと思うと、背筋が凍りついた。

「目的達成のためには手段を選ばないと言うか、非情になれる強さがあります」
「そうなんですか。じゃあ、あの優しさも演技、と言う事ですかね?」
「そういう可能性が高いのではないでしょうか」

夏南は塚田との日々を思い出していた。夏南が風邪を引いて寝込んでいた時には、卵粥を作ってくれたりした。酒を飲みながら、夏南の職場での愚痴を延々と聞いてくれたりした。あれもみんな演技だったなんて、とても信じられない。夏南は、自然と涙が零れてきた。

父親が厳しい人だった夏南は、子どもの頃から男性に対して心を開く事が難しかった。そのため、男性と付き合うなんて考えた事もなかった。そんな夏南の心を、初めて開かせてくれたのが塚田だったのだ。

「先生、私、とても信じられないです」

零美は、目に大粒の涙を溜めた夏南の顔を見るのが辛かった。

「警察に、被害届を出しますか?」

零美の問いかけに、夏南はこう答えた。

「それは……被害届は……出そうとは考えていません」
「ええっ?」

意外な言葉に零美は驚いた。八十万円と言う大金を騙し取られたのに、警察に訴えないとはどういう事なのだろうか。

「男性に縁がなかった私に、唯一優しくしてくれたのが彼でした。彼と過ごした一年間は、私が女としての幸せを感じられた日々でした。それにはとても感謝しています」
「そうなんですか」
「だから、八十万円は、そのお礼として彼にあげたいと思います。騙し取られたとは考えたくないんです」

彼女はそう言って微笑んだ。その顔は、彼女の言う通り、彼を恨んでいるようには思えなかった。

その頃、塚田は大阪にいた。友人の結婚式の帰り、寂しそうに歩いている三十代の女性に声をかけていた。

「あのー、もしかしたら友人の結婚式の帰りですか?」

振り返った彼女に、塚田は優しく微笑んだ。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:2018年12月14日 更新日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)


  • 7現在の記事:
  • 73578総閲覧数:
  • 8今日の閲覧数:
  • 53昨日の閲覧数:
  • 485先週の閲覧数:
  • 1401月別閲覧数:
  • 43472総訪問者数:
  • 8今日の訪問者数:
  • 49昨日の訪問者数:
  • 377先週の訪問者数:
  • 1030月別訪問者数:
  • 53一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: