第34話「事故物件の女」

有岡宗一郎は、同棲していた柿崎早智子の部屋を追い出された。浮気癖の治らない宗一郎に、早智子がとうとう愛想を尽かしたのだ。

プロのミュージシャンになる事を夢見て、九州から上京してきた宗一郎は、友人の家を転々としていた。ある日、ライブに来たファンの早智子に声をかけ、付き合い始めてすぐに早智子の部屋に転がり込んだ。

顔の良さと口の上手さだけが取り柄の宗一郎は、度々ファンの女の子に手を出していた。浮気が発覚しては謝って許してもらう事を何度か繰り返していたが、早智子の親友に手を出した事により、早智子の堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

「二十三区内で、出来るだけ安い所をお願いします」

とりあえず住む所を探すために、宗一郎は不動産屋に来ていた。そのうち新しい彼女が出来たら、そこに転がりこめば良い、そう考えていたのだ。

「ここなんかどうですか?」

髪の毛の本数は少ないが、やけに愛想の良い高橋裕が勧めた物件は、相場の半額の家賃だった。

「こんなに安いんですか? 良いですね、ここにします」
「ただですね、安いのには理由があるんですよ」

そう言った高橋は、顔は笑いながら目は笑っていなかった。

「理由って何なんすか?」
「ここ、人が亡くなっているんですよ」
「人が?」
「はい」

いわゆる、事故物件である。事故物件には、建物自体の欠陥などの物理的瑕疵物件と、以前に自殺や事故などで死者が出たなどの心理的瑕疵物件がある。高橋が勧めたのは後者の物件だった。

「自殺ですか?」
「はい」
「そうですか。まあでも、俺は霊感ないし、多分視えないんで大丈夫です。ここにします」

宗一郎は実際に高橋と内見に行ったが、何の違和感も感じない普通の部屋だったので、すぐに契約を交わした。

入居一日目の夜、宗一郎が布団に入って寝ていると、「コンコン」と壁を叩く音が聞こえてきた。「早速挨拶に来たのか?」と思って身構えていると、それ以上は何もなかった。なんだこんなものか。このぐらいなら我慢出来るかな、と宗一郎は思った。

その音は次の日も、そのまた次の日も聞こえた。しかも、決まって夜中の二時に聞こえた。でも、家賃が半額なんだから、これぐらいはしょうがない、宗一郎はそう考えた。

入居四日目の夜、いつものように「コンコン」と叩く音が聞こえた。「今日もお疲れ様」と宗一郎が思っていると、この日は少し違っていた。「コンコン」の後に「……ねえ」と言う女の声が聞こえたのだ。

宗一郎は一瞬、何かの聞き間違いかと思ったが、もう一度「……ねえ」と言う女の声がしたのだ。怖いなと思ったが、好奇心も半分あったので、宗一郎は思い切って目を開いた。辺りを見回してみると、ドアの前に白い影が見えた。

「わっ」と驚いて布団を被り、しばらくして、布団の隙間から覗き込むように凝視した。すると、白いワンピースのようなものを着ている髪の長い女性が立っていた。思わず目を瞑った宗一郎。そして恐る恐る、再び目を開けて見ると、女の姿は消えていた。

 しばらく布団の中で、目を瞑って震えていた宗一郎だったが、いつの間にか眠ってしまった。翌朝目を覚ますと、すぐさま早智子に電話をした。「あの人の電話番号を教えて」と。

宗一郎は、零美の店にやってきた。普段は占いに関心もなく、幽霊の存在なども信じてはいなかったのだが、実際に自分の目で見てしまったのだから仕方がない。

 ドアを開け「すいませーん」と声をかけると、「はーい」と言う返事と共に、奥から零美が姿を現した。

「お電話くださった有岡宗一郎様ですね。どうぞ」

零美に案内されて、宗一郎は席に着いた。宗一郎は落ち着きなく、キョロキョロと辺りを見回した。明るい店内、そして若くて美人の占い師に、想像していたものとは違うなという感覚を受けた。

コーヒーを二つ用意して席に着いた零美は、早速宗一郎の悩みを言い当てた。

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「女性の幽霊が出る、というご相談ですよね」
「えっ?」

まだ何も言っていないのに、どうしてわかったのか不思議だった。やっぱり噂は本当なのか。来て良かったと、少し心が落ち着いた。

「あのー、どうしてわかったんですか?」
「だって、あなたの横に来ていますよ」
「ええっ?」

驚いた宗一郎は、思わず立ち上がってしまった。辺りを見回すが、零美の他に誰も居ない。部屋にいた女性の幽霊が、自分に憑いてきたと言うのか。背筋がぶるっとなった。

「あのー……。その女性は、僕に憑いてきた、という事ですか?」

宗一郎は恐る恐る尋ねてみた。答えを聞くのは怖かったが、聞かずにはいられなかった。

「はい。でも、あなたに恨みがあるわけではありませんよ」
「そうなんですか。良かった」
「この人は、愛していた男性に裏切られて、そのショックで自殺してしまったそうです」
「えー、可哀想に……」
「この人は、あなたの生き方に腹を立てているようです」
「えー、どうしてですか?」
「有岡さんは、浮気癖があるんですね」
「えっ?」

宗一郎は痛い所をズバリと突かれてしまった。しかも、真剣な表情で言われたのだから堪らない。きっと幽霊の女性も、怖い顔をしているに違いないと思うと、全身が震えてきた。

「すいません!」

宗一郎は、頭をテーブルにつけて謝った。誰に対して謝っているのかは自分でもわからなかったが、とにかく謝りたかった。

「有岡さん」
「……はい」

宗一郎はゆっくりと顔を上げた。

「この人はあなたに、帰るべき所に帰る事を望んでいらっしゃいますよ」
「帰るべき所?」
「はい。あなたが帰るべき所に帰るまで、あなたの前に出続けるそうです」
「えー? ……はい、わかりました」

宗一郎は、幽霊の女性の言いたい事がわかった。自分を帰るべき場所に帰すために、ここに連れてきてくれたのだ。宗一郎は心の中で、彼女にありがとうございますと言った。

宗一郎はその晩、早智子の部屋を訪ねた。彼女が言う帰るべき場所とは、この部屋しかない。宗一郎はそう思っていた。しかし、早智子が許してくれかどうか不安だった。

ドアが開いて早智子が現れた。じっと宗一郎の顔を見つめている。宗一郎は意を決して口を開いた。

「ごめんなさい。許してください。俺が帰る場所はここしかないんです」

玄関で土下座をする宗一郎に、早智子はこう言った。

「遅かったね。どこまで行ってたの? 待ってたんだよ。さあ、入んなよ。ご飯食べよう」

下を向いたままの宗一郎の目からは涙が零れていた。

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投稿日:2018年12月16日 更新日:

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