第36話「親友に助けてもらった男」

 中東のある国で、岸谷仁志と三島英明は武装グループに誘拐されていた。日本企業の技術者として赴任していた二人は、身代金が払われて無事に解放される日を待ち望んでいた。しかし、交渉は難航を極め、武装グループは苛立ち始めていた。

「見せしめに、どちらか一人を処刑する。どっちが犠牲になるか決めろ」

 彼らの並々ならぬ殺気に、二人は事の重大さを認識した。同期入社で親友だった二人は、自分の命も惜しいが、友の命も当然大切だった。

「三島、俺が犠牲になる」
「ど、どうして? どうしておまえが?」
「お前は結婚して、子どももまだ小さい。家族のために生きろ。俺はまだ独身だ。俺が死んだ方が良い」
「ば、ばか! お前だって、田舎に両親がいるじゃないか。一人息子のお前が死んだらどれほど悲しむか」

 三島はそう言いながら、自分が犠牲になるとは言い出せなかった。岸谷の言う通り、三島の子どもはまだ五歳と三歳だった。妻が一人で育てていくのは大変に違いない。本当は、岸谷が犠牲になると言ってくれたのが心底嬉しかったのだ。

「三島、お前は生きろ。俺の分まで生きてくれ。田舎の両親には、今までありがとうございましたと伝えてくれ」

 そう言って、岸谷はゆっくりと立ち上がり、武装グループに連れられて行った。

「岸谷! 嫌だ、お前が自分で言えよ。おい、岸谷! 岸谷―!」

 しばらくして、一発の銃声が聞こえた。三島は、床に崩れ落ちて泣いた。

 二十五年後、会社を定年になった三島は、風の便りで聞いた零美の店にやってきた。

「すいません」

ドアを開けて声をかけた。すると「はーい」と言う声と共に、急ぎ足で零美が出てきた。

Sponsered Link



「えーっと、どちら様、でしたか?」
「あっ、すいません。予約もなく突然に失礼しました。少しお話を伺いに参ったのですが、よろしいですか?」
「今は大丈夫です。どうぞ」

 三島は深々とお辞儀をして中に入った。自分の娘よりも若い零美の登場に少し戸惑った三島だったが、言われるがまま席に着いた。零美はホットコーヒーを二つ用意して、三島の斜め前に座った。

「お話と言いますと、どのような内容でしょうか?」

「先生、どうしたら、人のために死ねるでしょうか?」
「えっ? 人のために死ねるって、どういう意味ですか?」
「私は二十五年前、武装グループに誘拐されました。その時、親友が私をかばって死んでくれたんです」
「ええっ?」

 武装グループに誘拐されるなんて、自分には縁のない話だと思っていた零美だったが、それを体験した人が目の前にいる事が驚きだった。

「彼は独身で、私は結婚して妻と子どもがいました。どちらかが犠牲にならないといけないと命令され、彼が進んで死んでいったんです」
「そうでしたか……」
「私はその日以来、生きているのが辛くなりました。妻と子どもたちを養うために必死に働いてきましたが、子どもたちも結婚して孫が生まれ、自分の役目も終わったかなと」
「役目が終わったと言いますと?」
「私も誰かのために、誰かの命を助けるために死にたいんです」
「なるほど……」

 親友の死は三島の責任ではない。むしろ、三島も被害者である。しかし、三島にとっては、自分が親友を殺したんだと言う思いがあった。二十五年間、自責の念が消えないのだ。そんな凄惨な経験をした事がない零美が、どうして軽々しく意見を言えるだろうか。

「私が死んだら、妻や子どもたち、孫たちも悲しむだろうとは思います。孫たちも、じいちゃんじいちゃんと慕ってくれますから。私を愛してくれる家族と別れるのは辛い。でも、私は充分に人生を全う出来た。それなのに、彼は三十五年間しか生きられなかった。結婚も出来なかった。子どもも持てなかった。孫にも会えなかった。そんな彼が不憫で。彼の事を思い出すと、自分が生きているのが申し訳ないんです」

 零美が三島を見ると、上を向いたまま、両目に今にも零れそうな涙を溜めていた。それは綺麗事などではない、三島の心からの叫びだった。

 恋愛などの相談は心が軽やかになるが、命と言う重いテーマはそうはいかない。そして、三島が過ごしてきた二十五年と言う年月も、決して軽いものではない。

 二十五年と言う長い間、彼は死と向き合ってきたのである。そんな彼に対して、どんな言葉が適切だと言うのか、零美は本当に悩んだ。とにかく、身代わりに亡くなった岸谷なら何と言うかを考えてみた。

「三島さん、長い間、本当に大変でしたね。ある意味、亡くなった人より残された人の方が苦しいのかも知れません。そして、もう楽になりたいと言う三島さんの気持ち、よくわかります。本当にご苦労様でした」

 三島は上を向いたまま、零美の言葉を目を瞑って聞いていた。

「私が今、亡くなったお友だちの気持ちになってお伝えしようと思います。その方は、三島さんと一緒に生きてきたように思います。三島さんの体を通して、夫の立場や父親の立場を体験してきたのではないかと思います。その方は、三島さんの心の中で生きていらっしゃるように思います。きっと、まだまだ人生を楽しみたいのではないでしょうか」

 上を向いた三島の目から、つーっと涙が一滴流れた。

「その方は、三島さんを通して、夫、父、祖父の立場を経験出来ている気がします。きっと、誰かのために死ぬ事を考えるのではなく、俺のために生きる事を考えてくれ、そう言っているような気がします。それは死ぬ事よりも辛いのかも知れませんが、そう願っているのではないかなと思うんです」

 今まで一人で生きてきたつもりだったが、実は岸谷も一緒だったのか。三島の脳裏に、若い頃の岸谷の顔が浮かんでいた。もう少し生きろと言うのか。参ったな。楽になりたいと思ったのに。死なせてくれないのか。そんな事を考えていた。そして三島はこう言った。

「わかりました。もう少し、頑張って生きてみようと思います。岸谷と一緒に」

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:2018年12月18日 更新日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)


  • 6現在の記事:
  • 65379総閲覧数:
  • 75今日の閲覧数:
  • 68昨日の閲覧数:
  • 706先週の閲覧数:
  • 2780月別閲覧数:
  • 37789総訪問者数:
  • 51今日の訪問者数:
  • 49昨日の訪問者数:
  • 459先週の訪問者数:
  • 1474月別訪問者数:
  • 58一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: