貸し切りの観覧車は、ゆっくりと夜空に向かって上昇していた。空には満点の星、地面には街の灯りが見える。三田まりあの目の前には、篠崎誠治が微笑んでいる。
やがて観覧車は、一番高い所に到着した。すると誠治は立ち上がって、まりあの前に片膝を突いた。何が起きるのか、まりあはどきどきしていた。
「まりあ、君を一生幸せにすると誓う。僕と結婚してください」
そう言って、誠治はポケットから箱を取り出して蓋を開けた。それは婚約指輪だった。まりあは、元より大きな瞳をさらに大きくして驚いた。そして少し間を置いた後、目を瞑って大きく息を吸ってから答えた。
「わかりました。お願いします」
その数秒後、まりあの目の前が明るく光った。少し遅れて大きな音が聞こえた。夜空には、祝福の花火が咲いていた。誠治が準備したサプライズプロポーズは、無事に成功したのだった。
しかし、まりあの心は複雑だった。半年前まで、まりあが結婚の約束をしていたのは別の男性だったからだ。
まりあと篠崎佑治が出会ったのは、飛行機の中だった。隣に座っていた佑治が話しかけてきて、好きな映画が同じだった事で仲良くなった。そして一年の交際を経て、結婚の約束をしたのだった。
しかし、悲劇は突然に訪れた。佑治が車ごと、崖から転落したのだ。哀しみに暮れるまりあを献身的に支えたのが、佑治の双子の弟である誠治だった。
真面目で堅物の佑治とは対照的に、誠治はお調子者で明るい性格だった。笑わせるために一生懸命な誠治の姿に、まりあはどんどん心を開いていったのだ。
そして、佑治の死から半年後、まりあは誠治のプロポーズを受ける事にした。いつまでも引きずっていては、天国の佑治も悲しむだろうとまりあは思った。
まりあは、友人から零美の話を聞いていた。霊視を行なうと言う零美に、亡き佑治が自分の結婚についてどんな思いなのかを尋ねてみたいと思った。
「こんにちは」
ドアを開けて声をかけた。すると奥から声がして、零美が急いでやってきた。
「お待ちしていました。三田まりあ様ですよね」
「はい」
「どうぞ、こちらへ」
席に着いたまりあに、零美がコーヒーを用意してくれた。
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「どうぞ」
「ありがとうございます」
「今日のご相談は何でしょうか?」
「私、半年前に愛する人を亡くしまして……」
「そうなんですか……」
「結婚の約束もしていたのですが……」
「お気の毒です」
「でも今は、私を支えてくれる人がいまして」
「それはおめでとうございます」
「実はその、亡くなった彼の……」
「弟さんですか?」
「はい。そうです」
「双子の?」
「はい」
まりあは、零美が、支えてくれたのが弟で、しかも二人が双子だと見抜いた事に、心底驚いた。噂以上に驚きの能力だと思った。
「結婚を考えているわけですね?」
「はい」
「それで、亡くなった彼の気持ちが知りたいと」
「そうなんです」
自分が言う前に、全てを先に言われてしまったまりあは、ただただ感心するしかなかった。しかし、その後まりあは、驚くべき真実を聞かされた。
「双子の弟さんは、父親から受け継いだ会社の社長だったお兄さんの代わりに、社長に就任されたんですよね?」
「はい」
「そして今度は、お兄さんの婚約者だったあなたを手に入れた……」
まりあには、零美の言葉がとても冷たく聞こえた。二人を祝福するどころか、その結婚はやめなさいと言わんばかりに聞こえた。
「そ、それはどういう意味ですか?」
「話が出来過ぎていると思いませんか?」
「と言いますと?」
「これらが全て、最初から計算されていたとしたら?」
「計算?」
「会社社長で美人の婚約者がいるお兄さんの事を、弟さんは羨ましく思っていなかったでしょうか?」
「そ、それは、思っていたかも知れませんが……」
「お兄さんがいなくなれば、社長の椅子は自分に回ってくる。お兄さんがいなくなれば、顔がそっくりの自分があなたと結婚出来る。そう考えたとしたら?」
「そ、そんな……」
まりあは、零美がどうしてこんな話をしているのか理解出来なかった。ただただ、怖さだけが胸の中で充満して、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「さっき、亡くなられたお兄さんがどう思っているかを知りたいと、おっしゃっていましたね?」
「……はい」
「本当に良いのですか?」
零美に念を押されたまりあは、どんな恐ろしい事を聞かされるのかと震えた。しかし、零美が噂通りの人物だとしたら、聞かなければならない。そんな気がしたまりあは、黙って頷いた。
「あなたの横に、亡くなった双子のお兄さんがいます」
「えっ?」
まりあは左を見たが、誰もいない。零美の顔を見た。零美はゆっくりと頷いた。
「亡くなったお兄さんが教えてくれました。お兄さんは、弟さんに殺されたんです」
「ええっ?」
「自動車に細工をして事故に見せかけ、お兄さんを死なせました」
「そ、そんな……」
「お兄さんはもう、弟さんの事を許さないそうです」
「……」
許さないとは一体、どうするつもりなのか。亡くなった恋人から聞かされた、現在の恋人の悪事。俄かには信じられないが、零美が嘘を言うとは思えない。まりあは、何が何だかわからなくなっていた。
「もうすぐ電話がくるそうですよ」
「えっ?」
驚いたまりあが、バッグの中のスマートフォンを取り出すと、突然に着信音が鳴り出した。かけてきた相手は、誠治の母だった。誠治が横断歩道を歩いていた時、信号無視の車に撥ねられて即死だと言うのだ。誠治の母は、電話の向こうで泣いていた。
呆然とするまりあに、零美は佑治からのメッセージを伝えた。
「どうか、幸せになってくれと、彼はそう言って消えていきました」
まりあは、真っすぐに前を向いたまま固まっており、その瞳から一滴の涙が流れた。
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