原田美知が、柿谷恭一と初めて出会ったのは福岡だった。大地震に見舞われて、多くの犠牲者を出した地域の復興ボランティアに参加した美知は、恭一を初めて見た時から気になっていた。
優に百八十は超える身長と、レスラーのように分厚い胸板、さらには美知の太腿ぐらいはあると思われる二の腕で、軽々と瓦礫の山を片付けていた。
一人で二人分の働きをしながら、「他にやる事はないですか?」と気を遣う優しさに、美知は軽い一目惚れ状態だった。
「どこから来られたんですか?」
「僕は東京です」
「えっ? 東京ですか? 私もなんです」
「そうですか。奇遇ですね」
「そうですね。私は大学二年生なんですけど、あなたは?」
「同じく、僕も大学二年です。いやー、これまた一緒ですね。ははは」
「そうですね。はは」
豪快に大きな声で笑う恭一に、美知はどんどん惹かれていった。一方の恭一も、大きな瞳に長い髪が魅力的な美知に一目惚れしていたのだが、美知は全く気づかなった。
それから数か月後、美知は和歌山に来ていた。今度は、大型の台風によって被災した地域の復興ボランティアで訪れていた。美知が作業をしていると、後ろから「あれ、もしかして?」と言う大きな声が聞こえた。
聞き覚えのある声だなと思いながら振り向いてみると、大粒の汗をかきながら恭一が立っていた。懐かしい笑顔は以前のままだった。
「またお会いしましたね」
「今回も来られてたんですか?」
「ええ。僕に出来る事は、こうやって体を動かす事ぐらいですからね。ははは」
豪快な笑い方も変わっていない。美知は何だかとても嬉しくなった。前回の時はあまり話が出来なかったので、今度はゆっくり話をしてみたいと思っていると、恭一がこう言った。
「良かったら、今度食事でもしながらお話しませんか?」
「えっ? あっ、はい。わかりました」
何だか心を見透かされているように思えたが、恭一の提案が嬉しかった。ボランティアの期間を終えて東京に帰る前日の夜、二人は一緒に食事をした。
「あ、あの、まだ名前を言ってませんでしたね。僕は柿谷恭一と言います」
「あっ、わ、私は原田美知です」
初対面ではなかったが、二人とも緊張していた。美知は、聞きたい事はいっぱいあるのだが、おしゃべり女だって嫌われたらどうしようと思い、なかなか話を切り出せなかった。
一方の恭一も、女の人と二人っきりで話をするという事に慣れていなかったので、変な話をして嫌われたらどうしようと、そればかりが気になった。
「あのー、原田さんは、運命を信じますか?」
「えっ? 運命ですか?」
「はい。僕は割と、運命の赤い糸とかを信じる方なんです」
「運命の赤い糸、ですか?」
「はい。神様が、僕にぴったりの女性を準備しているって言うか……」
「あー、なるほど。それは素敵ですね」
「こんな事言うと、もしかしたら嫌な気分になっちゃうかも知れないんですけど……」
「はい……」
Sponsered Link
そう言って、恭一はしばらく考え込んだ。言うべきか言わないべきかを悩んでいるようだった。その姿を、美知は愛おしい気持ちで見つめていた。そして決心した恭一は、美知に向かってこう言った。
「もし……、もしもう一度、僕とあなたが出会ったら……。それもこういうボランティアではなく、東京のどこかで出会ったら……」
「はい」
「もしもう一度、東京のどこかで出会ったとしたら、僕たちは赤い糸で結ばれていると思うんです」
「赤い糸で……結ばれている」
「その時は、僕と付き合ってくれませんか?」
「……わかりました」
東京に戻った美知は、友人から聞いた零美の店にやってきた。ドアを開けて声をかけると、大きな返事と共に零美が飛んできた。
「昨日お電話してくださった原田美知さんですよね?」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
どんな人が出てくるのかと緊張していた美知だったが、零美の優しい笑顔を見て、一気に緊張が解けた。席に着いた美知の前に、零美は二人分のコーヒーを用意して座った。
「どうぞ」
「いただきます」
美知はコーヒーが大好きだ。まずは、どんな味かと飲んでみた。
「うーん、美味しいです」
「良かった」
コーヒーの味がわかる相談者で良かった、と零美は思った。
「それでは、原田さんのご相談は何でしょうか?」
「あっ、はい。実は、運命の赤い糸ってあるのかなって思いまして」
「運命の赤い糸ですか?」
「はい」
「私はあるような気がします」
「あっ、そうなんですね」
「はい。お互いの足りない所を補い合う関係と言うか、そういう組み合わせって、運命の赤い糸で結ばれていたのかなと思うんですよね」
「そういう人って、離れていても必ず出会うものなんですか?」
「出会うと思います。でも、それがいつなのかはわかりません」
「そうですか……」
「でも、会いたいって強く願えば願うほど、その人が近づいてくると思うんです、私は」
「ああ、なるほど。思いが強ければ強いほど、早く会えるって事ですか?」
「はい、おそらく」
「わかりました。ありがとうございます」
外に出た美知は、早速試してみた。恭一に会えるように、強く強く願った。歩きながら、一歩一歩、足を踏み出しながら、「会いたい、会いたい」と呟いた。
そして突然、コーヒーが飲みたくなってしまった。さっき零美の店で飲んだのに、何故だかわからないが、どうしても飲みたくなってしまった。
偶然にも、進行方向に一軒の喫茶店があった。急かされるように店に入った美知は、窓際の席に座った。
「いらっしゃいませ」
男性店員が水を持ってきた。軽く会釈をした美知は、まるで雷に打たれたように全身に電流が走った。
「あ、あなたは?」
「あー、また会いましたね。やっぱり僕たちは、運命の糸で結ばれていたんだ。約束通り、付き合ってくれますか?」
恭一はそう言って、懐かしい笑顔を見せた。夢ではないのかと頬をつねった美知は、迷わずこう言った。
「もちろんです!」
『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!
https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/
Sponsered Link