第41話「親友との約束」

雨降りの夕方、田嶋孝之は親友の森本義雄に呼び出されて喫茶店にいた。「お前にしか頼めない」と話を切り出した義雄の顔は、いつになく真剣だった。

「俺、アメリカに行く」
「アメリカ?」
「ああ。アメリカでアメリカンドリームを掴むんだ」
「アメリカンドリームって……。お前、英語は喋れたっけ?」
「いや、全然」
「どうやって生活すんの?」
「どっかの日本食レストランででも、住み込みで働く」
「そんなに簡単にいくかな?」
「わからん。でも、何とかなるさ」

 孝之は、義雄の無鉄砲さに呆れていた。長い付き合いで、義雄の性格はよくわかっていた。いつも「何とかなるさ」が口癖だった。実際、運が人一倍強い事は、孝之も認めていた。

 子どもの頃、学校で山登りした時、孝之と義雄の二人だけが遭難してしまった。孝之がどんどん心細くなる中、義雄は「何とかなるさ」と言って歩き続け、無事に山を下りる事が出来た。

 高校三年生の夏休みに、ヒッチハイクで旅をすると言って出掛けた。旅先で出会った人の家に泊めてもらったり、アルバイトをしたりして、大阪まで行って帰ってきた。「この人は良い性格」「この人は悪い性格」など、見ただけで大体わかるらしい。

 動物的勘と言うか、生きる力は、人並み以上のものを持っているとは思う。だから、「何とかなるさ」と義雄に言われると、何とかなってしまう気がするのだ。

「でもさ、お金持ってんの?」
「いや……ない」
「じゃあ、無理じゃん」
「だからお前に頼みたい。頼む、ばあちゃんから百万もらったろ?」
「えっ? ああ、就職祝いに車でも買えって言ってくれたやつ?」
「ああ。あれ、俺に貸してくれ」
「貸してくれって……。百万円で足りるの?」
「まあ、百万円もあれば、何とかなるさ」

 とびっきりの笑顔を見せられると、嫌とも言えなくなった。どうせ車も買う気もなかったし、こいつに百万円やるか。孝之はそんな思いになった。

「百万円やるのはいいけど、いつか倍にして返せよ」
「ああ、倍どころか、三倍にして返すよ」

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 義雄と別れてから二十年が経った。孝之は普通に就職し、結婚もして、子どもも生まれた。特に悩みもなかったが、同僚の女の子から話を聞き、零美の店にやってきた。

「こんばんは」
「あー、どうも。お電話くださった田嶋孝之様ですね。お待ちしていました」

 零美に誘導されて、席に着いた。「コーヒーでも飲みませんか?」と聞かれ「ありがとうございます」と頭を下げた。二人分のコーヒーを持って斜め前に座った零美に、孝之は話を切り出した。

「あのー、最近妙に、ある人の事が気になるんです」
「ある人と言いますと?」
「小学校から高校まで、ずっと一緒だった親友なんですが」
「はい」
「彼と昔、約束していた事を思い出したんです」
「どんな約束ですか?」
「私が彼に百万円を貸したんですが、彼がそれを三倍にして返すって言う約束です」
「なるほど」
「私は別に、どうしても返してもらいたいってわけでもないんですが、もし三倍にして返してくれるなら嬉しいなと思いまして」
「そうですねえ」
「どうでしょうか? 彼は本当に百万円を三倍にして返してくれますかね?」

 孝之は、自分でも馬鹿な質問をしているなと思った。そんな事、この人にわかるはずがないじゃないか。きっとこの人もそう思っているかなあと、少しばつが悪かった。

「その人の生年月日はわかりますか?」
「あっ、えーっと、忘れてしまいました」
「写真なんかはありますか?」
「あっ、写真は……持っていません」

生年月日も写真もないなんて、どうやって判断しろと言うんだ。きっとそう思っているに決まっている。孝之は無性に恥ずかしくなった。

それでも、零美を見ると、目を瞑って一生懸命に何かを探っている。判断材料が全くない中、この人はどうやって答えを出そうと言うのか。孝之はもう申し訳なくて、帰りたくて仕方なかった。

そんな孝之の心配をよそに、じっと動かずに瞑想していた零美が、ようやく口を開いた。

「私には、その人がもうすぐ約束を果たしにくる気がします」
「えっ? 本当ですか?」

俄かには信じられない話だった。二十年も連絡がなかった義雄が、本当に約束を果たしてくれるのか? しかし、自信に満ちた零美の顔を見ていると、もしかしたらと言う気にもなってきた。

「ありがとうございます」

 とりあえず、礼を言って帰ってきた。自宅に戻ると、「パパー!」と五歳の娘が走ってきた。妻の沙保里が料理を作りながら「お帰りー」と言った。

「ねえ、みっちゃんとこ、マンション買うんだってさ」
「えっ? そうなの?」

 沙保里の親友の美津子は、親から頭金を出してもらってマンションを買うと言う。

「うちもそろそろ、どう?」
「うーん……そうだなあ」

 両親に頼んで頭金を出してもらおうかな、そう考えていた時だった。携帯の着信が鳴った。誰だろうと思いながら電話に出た。

「もしもし、孝之かい? 俺、誰だかわかる?」
「えっ? えーっと……。すいません、どちら様、でしたっけ?」
「忘れちゃったのかい? 俺だよ、義雄だよ。森本義雄」
「義雄? えー? 久しぶりだな! よく電話番号わかったね」
「うん、お前んちのお袋さんに聞いたんだ。遅くなったけど、約束を果たそうと思ってね。お前の銀行口座教えてくれる? 約束のお金、振り込むからさ」
「えっ? ああ、うん。銀行? ちょっと待ってね」

義雄がお金を振り込んでくれると聞いて驚いた孝之だったが、言われた通りに銀行口座を教えた。

「じゃあ、明日には振り込むからね。じゃあ」

 そう言って、義雄は電話を切った。突然の電話には驚いたが、果たしていくら振り込んでくれるのかが気になった。百万円の三倍と言えば三百万円になる。たとえ三百万ではなくても、百万円でも返ってくるなら臨時ボーナスだ。わくわくしながら一晩を過ごした。

 翌日、いくら振り込んでくれたのかATMで確かめた孝之は、一瞬自分の目を疑った。

「さ、三千万円……」

 百万円の三倍どころか、三十倍の三千万円が振り込まれていた。何かの間違いではないかと思い、慌てて義雄に電話をした。

「もしもし、孝之だけど」
「おー、ちゃんと振り込まれてた?」
「ああ、それなんだけどさ。何かすごい金額が入ってたんだけど、多すぎない? 百万の三倍だから三百万じゃないかな?」
「いやあ、お前のお陰でアメリカに入れたわけだしさ。すっごく感謝してるんだよ。アメリカで働き始めてからずーっと宝くじ買ってたんだけど、ついに百万ドルが当たったんだ」
「ひゃ、百万ドル?」
「うん。二十年間、ずーっと忘れてなかったんだよ。絶対いつか、十倍にして返すぞって。まあ、二十年経ったから三十倍にしようと思ってね。マンションでも買ってよ。じゃあね」

 そう言って、義雄は電話を切った。まだ夢を見ているのかなと思いながらも、自宅に帰った孝之は、沙保里に向かってこう言った。

「僕らも、マンション買う?」

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