第44話「高校生から告白された女」

 栗原小春は、コンビニの駐車場に停めた車の中でコーヒーを飲みながら、少しの間ぼーっとしていた。長時間労働で身も心も疲れ果ててしまい、やっと退職を決断した小春は、実家の両親が経営するコンビニの手伝いをしながら、今後の事について考えていた。

 突然、運転席の窓をノックする音が聞こえ、倒していたシートを戻して外を見ると、涼しい笑顔の小西浩市が立っていた。小春が窓を開け「どうしたの?」と尋ねると、浩市は恥ずかしそうに、顔を赤くしてこう言った。

「あのー、小春さんにお話があります」
「なあに?」
「僕、小春さんの事が好きです」
「えっ、そうなの? そんな事言ってもらえると、嬉しいなあ」

 浩市は、コンビニにアルバイトに来ている高校二年生だ。今年三十一歳になる小春とは、十四歳も年の差がある。二十歳で出産した同級生の子どもが十一歳になる事を考えると、自分も早く出産していたら、こんな子どもがいてもおかしくない。

 そんな風に見ていた浩市から好きだと言われても、男女の愛の告白だとは到底思いもよらなかった。

「私もう三十一だけど、まだまだ魅力あるかしら?」と言って、大きな瞳を少し細めながら、艶めかしく浩市の顔を眺めていた。

「僕は真剣です。小春さんは、僕の理想の女性なんです。僕と付き合ってください。お願いします」

 冗談だろうと思って冗談で返したのに、真剣な表情の浩市にどきっとした。普段の仕事ぶりを見ていて、生真面目なのは知っていたから、生半可な気持ちでこんな事を言うはずがない。小春は背筋を伸ばして胸を張り、真剣な表情になった。

「あのね、もしあなたと付き合うとしたら、あなたが大学を卒業して就職する頃には、私はもう三十七よ。もう四十近いおばさんと付き合える?」
「僕の気持ちは絶対に変わりません。永遠にあなたを愛します」

 今までに、こんな熱い告白をしてくれた男性はいなかった。男性が多い職場で、男に負けるかと必死になって働いてきた。その間、何人かと付き合った事はあったが、恋よりも仕事を優先した結果、結婚には至らなかった。

 身も心も疲れていた小春にとって、浩市の思いはすごく嬉しかったが、浩市がまだ高校生であり、年齢差がかなりある事から、現実的な話としては考えられなかった。

「私だって女だから、子どもを産みたいし。あなたが大人になるまで待てなくて、他の人と結婚するかも知れない」
「あと六年だけ待ってくれませんか? 必ず立派な男になって、あなたを幸せにしますから。もしそれまでに、あなたが他の人と結婚したとしても、それは運命だと思って諦めます」

 思春期の男子にありがちな、年上の女に対する憧れだろう。何度かデートでもすれば気が済むのではないか。あるいは、若い力で体を求めてくるかも知れない。彼の本性を暴いてやろう。小春はそう思って、浩市とデートする事にした。

 しかし、浩市は小春の手すら握ろうとせず、一定の距離を保って歩いた。重い荷物を代わりに持ち、随所に優しい心遣いを見せた。そして自宅まで送り届け、極めて紳士的な態度には、下心の微塵も感じられなかった。

 その後も何度かデートをしてみたが、小春が付き合うと言わないせいか、一切体に触れようとせずに節度を保った。大切な人だから嫌われたくない、という思いからだった。今まで付き合ってきた男たちの中で、一番優しく、一番紳士的だった。

 もし高校生でなかったら、もし年齢差がなかったらと、小春は何度も何度も思った。少しずつ、浩市の魅力に惹かれていった。しかし、現実は現実として、受け止めなければいけない。

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 答えを出さなければと思った小春は、零美にアドバイスを求める事にした。以前の恋愛相談で、小春は一度、零美の店を訪れていた。心身共に疲れて、冷静な判断を下す自信がなかったのだ。

 小春に会った途端、零美はその変化に気づいた。「以前よりも疲れた顔ですね。大丈夫ですか?」小春の胸の中の泉に投げ落とされたその言葉は、大きな波紋となって広がった。堪えきれなくなった小春は、零美に抱きついて、悲しみを涙と共に吐き出した。

 立ったまま、小春の体を抱きしめた零美は、背中を撫ぜながら「大丈夫、大丈夫」と繰り返した。小柄な小春は、幼子が母親に甘えるように、零美の胸に顔を埋めた。

 しばらくして、落ち着いた小春を席に座らせ、二人分のコーヒーを用意した後、零美は小春の斜め前に座って話を切り出した。

「どうしましたか?」
「実は、以前勤めていた会社を退職しました」
「……そうだったんですか。大変だっておっしゃっていましたものね」
「今は、両親が経営しているコンビニを手伝っています」
「そうですか。じゃあ、これからはゆっくり出来そうですね」
「それが……」
「何か問題でもあるんですか?」

 浩市の事を話に来たのに、なかなか言いづらい。高校生から告白されて、それを真に受けている自分が恥ずかしい。だけど真剣に聞いてほしい。そんな思いが行ったり来たりしたが、思い切って話を始めた。

「高校二年生の男の子に告白されまして、付き合うかどうするかと悩んでいます」
「なるほど。それは悩みますね。とりあえず、相性を観てみますか?」

 零美は、小春から浩市の生年月日を聞いて命式を出した。そして、小春の命式と並べてみた。

「相性は……良いと思いますよ。お互いの不足を補い合う関係ですし、彼はあなたを助ける関係ですから」
「そうなんですか……」

 小春は複雑だった。いっその事、全く合わないと言ってほしかった。

「栗原さんとしては、彼が高校生だし、年齢差もある事から、恋愛関係になるのは難しいと思っていらっしゃるのでしょう?」
「はい」
「でも本心では、諦めたくないと思っているのではありませんか?」
「うっ……」

 図星だった。本当にそうだった。浩市の事を意識し始め、少しずつデートしながら観察してみると、その辺の大人の男よりずっと男らしかった。ただ、まだ若すぎると言う事だけなのだ。

「人と人の出会いなんて、何かしらの意味があるのかも知れません。相性が良くても結婚しない人はいますし、相性は悪くても結婚している人はいます」
「と言う事は?」
「早々に結論を出さなくても良い気がします。彼がどんな人かをじっくりと見極めて、それからでも良いのではないでしょうか?」
「そうですね。わかりました。ありがとうございます」

 小春は、結論を先延ばしにする事にした。もし本当に縁がないのなら、彼が大人になる前に別れてしまうだろう。彼が小春を飽きてしまうか、小春に別の男性が現れるか。それまで時間をかけて考えてみよう。小春はそう思った。

 そして季節は流れ、六年が経った。浩市は、大学在学中に起業し、二十三歳になった今は、従業員を数名抱える会社社長になっていた。今日は、浩市にとって大事な日だった。

 浩市が運転する高級外車の隣には、三十七歳の小春が座っていた。前を向いている浩市に小春が話しかけた。

「あなたのご両親、びっくりするんじゃないかしら。こんなおばさん連れてきたら」
「大丈夫ですよ。僕が必ず、両親を説得しますから。あなたのご両親も賛成してくれたでしょ?」

 小春は少し微笑んで、頼もしい浩市の肩にもたれかかった。

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投稿日:2018年12月26日 更新日:

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