第45話「夫を愛せない女」

都心の高層マンションの一室に、野村すみれの自宅はあった。駅も近く、買い物にも便利で、主婦ならば誰もが羨む環境に暮らしていた。

夫の幹夫の実家は資産家で、マンションは親から譲り受けたもので、他にもいくつかのビルを所有している。大手企業に勤める幹夫の年収は一千万円超で、お金に困る事はない。

四つ年上の夫は優しい性格で、タバコは吸わず酒も飲まない。もちろん、DVなどもあるはずがなかったのだが、すみれは幹夫と結婚した事を後悔していた。

大学を中退して勤めた会社は給料が安かった。転職した会社は給料は高かったのだが、上司からのパワハラで精神を擦り減らす日々だった。

会社を辞めたい一心で、すみれは婚活に励んだ。高学歴で高収入、さらに容姿の優れた男性たちは競争相手が多く、容姿が人並みのすみれは太刀打ち出来なかった。

そんな中、女性に慣れていない幹夫と出会って結婚したのだ。高学歴で高収入、実家も資産家と文句の付け所がないが、ただ一つ、容姿がすみれの好みと違っていた。

身長が低く小太りで、頭髪が薄かった。二重の大きな目は可愛らしいが、鼻は上向きで歯並びが致命的に悪かった。さらに耐えられなかったのは、体臭がひどかった事だ。

三十歳を前に焦っていた事もあり、容姿は妥協して結婚したのだが、夫婦生活がどうしても耐えられなかった。寝室は一緒だが、その回数はどんどん減っていった。

 思い描いていた結婚生活とのギャップに悩んでいた時、以前婚活中に出会った戸村剛史と偶然再会した。戸村は、男性ファッション雑誌から抜け出したような男前で、やはりモデル並みの容姿を持った女性と結婚していた。

 戸村の結婚生活を聞いてみると、資産家の妻の実家に義父母と四人で生活していると言う。実家が貧乏なため、苦学して一流大学に入り、一流企業に就職した戸村は、お嬢様育ちで傲慢な妻に頭が上がらない生活を送っていた。

 すみれと戸村は、お互いの不満を理解し合った後、自然な流れで関係を持っていった。その後も、不細工な夫に満足出来ない女と、傲慢な妻に嫌気が差している男は、W不倫を繰り返していった。

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 ある日の午後、すみれは零美の店にやってきた。これからどうしていけば良いか知りたかったのだ。「こんにちは」と声をかけると、「お待ちしておりました」と零美が挨拶をした。同年代の零美を見て、すみれは少し安心した。

 すみれが席に着いて待っていると、零美がコーヒーを二人分用意して座った。すみれには、お洒落な店内とカップに描かれた英国風の模様が似合っているように思えた。

「野村さんの気になる事は何でしょう?」
「実はあのー、離婚するかどうしようかと悩んでおりまして……」
「離婚ですね。それでは、奥様とご主人の生年月日を教えていただけますか?」

 零美は、すみれと幹夫の命式を出して並べた。

「ご主人は優しい方ですね。自分を主張せず、相手の事を思いやると言うか」
「確かに、優しい人です、主人は」
「野村さんは孤独を感じやすい人ですから、ご主人のように心遣いの出来る男性が良いと思いますよ」
「ああ……そうですか」

 確かにすみれは、夫の性格に不満はない。ただ、見た目と体臭さえ我慢すれば良いのだ。しかし、それがストレスになる事に違いないのだが。

「野村さんは、ご主人のどんな所が許せませんか?」
「許せないなんて、そんな大げさな事ではないのですが……。ただ、外見的な事だけなんです。顔とか、身長とか、頭が薄いとか、体臭がきついとか……」
「ああ、そうなんですね。そういう事って大事ですよね」
「たまに会うぐらいなら良いのですが、毎日顔を合わせるのがもう、辛いと言うかですね」

 すみれは、自分でも贅沢な悩みだと思っていた。結婚前に抱えていた借金だって全部払ってくれたし、パワハラされながら働かなくても良いのだから、昔に比べれば天国と地獄の差だ。それは自分でもわかっていたのだ。

 しかし、戸村と出会い、戸村が「妻と別れる」と言い出した事がきっかけで、離婚を考えるようになった。実は、一番聞きたいのは、戸村との事だった。だが、それを言うとW不倫している事がばれてしまう。それがとても恥ずかしかった。

「あのー、もしかして、離婚した後に再婚したい相手がいらっしゃるのでしょうか?」
「あっ、それは……。あのー、実はそうなんです」

 零美が聞いてくれた事で、話がしやすくなった。

「実は、相手の方も結婚していまして、W不倫状態なんです」
「ああ、なるほど……」
「その人が、妻と別れるなんて言い出したもので……。それで私も、じゃあ離婚しようかなと思い始めまして……」
「その方の生年月日わかりますか?」
「いえ、そこまでは聞いていません」
「では、写真とかは」
「あっ、写真はあります」

 すみれは、戸村との写真をスマートフォンに保存していた。幹夫は、勝手に人のスマートフォンの中身を見るような人ではない。そのため、安心して残していたのだ。

 零美は、すみれと一緒に写っている戸村の顔をじっと見つめた。そしてしばらく考えた後、結論としてこう言った。

「この人との再婚はやめた方が良いです」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。この人と一緒になると苦労しますよ」
「それは、どんな風に?」
「この人は、きつくコントロールしてあげないといけない人です。自分が一番大事な人なので、もし再婚して子どもが生まれたら、きっと苦労すると思います」
「そうですか……」
「やっぱりあなたにとっては、今のご主人が最高に良いと思います」
「……わかりました」

 すみれは、心の底ではわかっていた。幹夫は最高に素晴らしい夫である事を。幹夫と別れて、もっと良い人に出会えるという保証はない。今、ダメ押しをされたばかりだ。

 店を出て歩きながら、すみれは戸村と別れる事に決めた。今ならまだやり直せる。もう一度、婚活を必死にやっていた頃の気持ちに戻ろう。すみれはそう思った。

 自宅に戻って玄関を開けると、幹夫が「おかえり」と言って出迎えた。奥から甘い香りが漂ってくる。

「どうしたの? この匂いは?」
「ケーキ買ってきたんだ。今日は僕たちの記念日だろ?」

 そうだ、今日は初めて幹夫と出会った日だった。こういう細やかな気遣いが出来る男もそうそういないだろう。そう思うと、容姿の事があまり気にならなくなってきた。

「お寿司も買ってきたよ」
「ありがとうー」

 すみれは、自然と幹夫に抱きついていた。

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投稿日:2018年12月27日 更新日:

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