一年に一度、日本一の漫才師を決める大会に、山村圭吾は佐伯隆史と出場していた。全国の漫才師が憧れる王者の称号を目指して、この一年間努力してきた。
圭吾が高校の同級生だった隆史とコンビを組んでから、今年で十年になる。結成十年までのコンビが条件である事から、今年が最後の出場になるのだ。
突っ込み担当の圭吾がネタを考えてきた。今回は最高のネタが用意出来たと、圭吾も隆史も自信満々で大会に臨んだ。
しかし、結果は予選敗退。自分たちよりも後輩のコンビが優勝する姿を、恨めしそうに見つめるしかなかった。
圭吾と隆史は、いつも漫才の練習をしている公園に立ち寄り、スーパーで買った缶ビールを飲んだ。
「隆史、これからどうする?」
「どうするって?」
「このまま漫才を続けるか、きっぱり諦めて就職するか」
「諦めるって、おまえ……。そうか、お前は彼女がいるもんな」
「うん。いつまでも待たせるわけにはいかないと思って」
「そうか、お前が辞めるなら、俺も辞めるよ。お前以外と組む気はないからな」
圭吾は、一つ年上の工藤美和と同棲していた。もうすぐ三十歳になる美和には、経済的に支えてもらっている。いつか売れて恩返しがしたいと思いながら、ずるずると来てしまった。
「美和ちゃん、俺もう、芸人諦めようかと思ってる」
アパートに帰ってきた圭吾が、夕食の準備をしていた美和にそう伝えると、意外な言葉が返ってきた。
「圭ちゃん、何でそんな弱気な男になっちゃったの? 売れて私に楽させてくれるんじゃなかったの?」
「うん……そうしたかったんだけど」
「諦めちゃだめよ。圭ちゃん達は面白いから絶対に売れる。あと三年だけ頑張って。それでだめなら辞めても良いよ」
相方にはお前が辞めるなら俺も辞めると言われ、彼女にはあと三年頑張って諦めないでと言われた圭吾は、数日間悩んだ末に、知人から聞いた零美のアドバイスを受ける事にした。
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「こんにちは」
「こんにちは。山村圭吾様ですよね。お待ちしておりました」
平日の午後、圭吾は零美の店にやってきた。コーヒーを用意してくれた零美に、圭吾は話を切り出した。
「先生、僕はこれからどうしたら良いでしょうか?」
「これからと言いますと、お仕事の事ですか?」
「実は、僕は漫才師なんですが、十年やってもなかなか売れないので、この辺で辞めた方が良いのかと悩んでいるところなのです」
「芸人さんって、皆さん苦労されてますよね」
「はい。売れても一発屋で消えていく人も多いですし。でも、僕らは一発屋にさえなれないゼロ発屋です。ははは」
自虐的な笑いのつもりだった。しかし、零美の反応は薄く、実力のなさを思い知らされた。
「実は、結婚を考えている彼女がいるんです。今まで経済的に支えてきてもらったので、早く売れて恩返ししたいのですが。どうでしょうか、ぼくらは売れそうですか?」
「でしたら、山村さんと相方の方、それと彼女さんの生年月日を教えてもらえませんか?」
圭吾は三人の生年月日を零美に伝えた。零美はそれを基にそれぞれの命式を出し、テーブルの上に並べた。
「これが、三人の命式になります」
「はい」
「こうして観ますと、山村さんは言葉のセンスがありますね」
「えっ、そうですか? ありがとうございます」
「相方さんとも相性が良いですね」
「まあ、彼の事は大好きです」
零美はしばらく考えた後、ずばりこう言った。
「彼女さんが仰る通り、あと三年頑張ってみませんか?」
「えっ、あと三年ですか?」
「はい。今年の苦しい時を乗り越えられれば、来年は必ず運が巡ってきます。そして再来年までにはきっと芽が出るはずだと思います」
「本当ですか?」
「はい。彼女さんはなかなか勘が鋭いです。この人ともう、一緒になった方が良いですよ」
「それは……結婚、と言う事ですか?」
「はい。そうする事で、彼女の持っている強運がプラスされます。この人はなかなかの強運の持ち主ですから、絶対に手放さない方が良いです」
「本当ですか?」
「はい。すぐにでも結婚されたらいかがでしょう? 私を信じてください」
「はい!」
圭吾は力強く頷いた。やっぱりこの先生は、噂通りの人だ。ここに来て良かった。今年を我慢してあと三年、絶対に売れてみせる。圭吾は心の中で覚悟を決めた。零美に何度も礼を言って店を出た圭吾は、早速、美和に電話をした。
「もしもし、美和ちゃん」
「ああ、圭ちゃん。どうだった?」
「あと三年頑張れば芽が出るって」
「本当? ねっ、私の言った通りだったね」
「うん」
圭吾は、隆史をいつもの公園に呼び出した。
「今日さ、有名な占い師の所に行ってきた」
「それで、どうだった?」
「あと三年頑張れば芽が出るって」
「あと三年か。もうすぐだな」
「うん。ゴールが見えてきた。頑張ろう」
「よし、これからネタ合わせ、やるか!」
そして三年後、二人は大物芸人に見出されて、一気に有名になっていった。和彦は、テレビを観ながら零美に言った。
「最近、この人たち、よくテレビに出るねえ」
「そうね。まさに、信じる者は救われるって事じゃない?」
そう言って零美は笑みを浮かべたが、和彦には、その言葉の意味がよくわからなかった。
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