第49話「母のために結婚に悩む女」

 社内食堂で食事をしていた小泉瑠璃子は、背中を軽く叩かれて振り向いた。そこには、同じ総務部の林美海が満面の笑みで立っていた。

「ねえ、聞いたよ。近藤さんに交際申し込まれたんだって?」
「えっ? どうして知っているの?」
「美佐代から聞いたの」

 近藤修吾と瑠璃子が話しているところを、営業部の香取美佐代が偶然見ていたのだ。おしゃべりの美佐代の繁殖力は凄まじく、既に多くの社員の知るところとなっていた。

「近藤さんは社長の息子なんだから、もし結婚したら将来は社長夫人じゃない。おめでとう」
「何言ってるの。まだOKしていないんだから」
「そこそこイケメンだしお金持ちなのに、悩む事なんてある?」
「う、うん……」

 瑠璃子は、離れて食事をしている三屋仁志をちらっと見た。それに気づいた美海は、舌打ちをして瑠璃子に言った。

「あんた、まだあいつの事が忘れられないの?」
「いや、そんな事はないんだけど……」
「あいつはもう、完全に出世コースから外れてるのよ。あいつなんかより、絶対に近藤さんの方が良いんだって」
「わかってるよ!」

 つい声を荒げてしまった瑠璃子は、美海にごめんと言って立ち上がり、食器を持ってその場を離れた。その様子に気づいた仁志は、瑠璃子の背中を遠目で追いかけていた。瑠璃子と近藤の噂は、既に仁志の耳にも届いていた。

 仁志は黙って食べながら、瑠璃子と喧嘩した日の事を考えていた。一か月前、仕事で大きな失敗をして会社に損失を負わせてしまった仁志は、イライラが募って瑠璃子に八つ当たりをしてしまった。

 二年前から交際してきて、結婚も考えていたのだが、それ以来まともに口を利いていない。社長の息子と平社員、誰が見たって勝ち目があるわけない。やるせない気持ちを抱えながら食べても、全然おいしくなかった。

 テレビを観ながら夕食を食べていた瑠璃子は、母のみさえに話を切り出した。

「ねえ母さん。私、社長の息子から交際申し込まれちゃった」
「えっ、本当? すごいじゃない」

 みさえは持っていた箸を置いて、大きな目をさらに大きくして驚いた。

「瑠璃ちゃんも苦労してきたからねえ。瑠璃ちゃんには幸せになってほしいわね」

 目を細めたみさえは、瑠璃子の顔を見ながらしみじみと言った。夫を早くに亡くしてから、女手一つで瑠璃子を育ててきたみさえは、仕事をいくつも掛け持ちして働いても、手元にはお金が残らなかった。

 そんな母の姿を見て育った瑠璃子は、お金の大切さを人一倍理解していた。

「でも、付き合っている人がいるって言ってなかったっけ?」

 みさえの言葉に動揺した瑠璃子は、思わず固まってしまった。その様子を見て、みさえはしまったと思い、右手で口を隠した。

「あ、あの人とはね、ちょっと喧嘩しちゃって。あれ以来、口を利いてくれないの」
「そ、そう……」
「それにね、どう考えても、社長の息子と平社員じゃ比べ物にならないでしょ。なんてったって、次期社長なんだもの」
「そうだね。でも、結婚するんだったら、好きな人とした方が良いよ。お金のために好きでもない人と結婚しても、幸せにはなれないからね」
「うん。わかってる……」

 普通の会社員だった父と結婚した母。裕福ではなかったが、いつも笑顔が絶えない家庭だった。父のような男性と結婚したい、それが瑠璃子の夢だった。

 しかし、苦労をかけた母に、少しでも贅沢をさせてあげたい。そのためには、平社員より次期社長と結婚した方が良い。

 結論が出せない瑠璃子は、友人に紹介された零美の店にやってきた。「お待ちしていました」と出迎えてくれた零美に挨拶をして、瑠璃子は席に着いた。コーヒーを用意してくれた零美にお礼を言い、斜め前に座った零美に対し、瑠璃子は話を始めた。

「実は今、二人の男性の事で悩んでいるんです」
「では、あなたとその二人の男性の生年月日を教えてください」

 瑠璃子から聞いた生年月日を基に、三人の命式を出した零美は、プリントアウトしたものをテーブルの上に並べた。

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「どのような関係か、聞いてもよろしいですか?」
「こちらの三屋さんは、二年前から付き合ってきた人で、結婚も意識していたのですが、一か月前に喧嘩して以来、口を利かない状態です。こちらの近藤さんは、最近交際を申し込んできた人です」
「お二人のお仕事は?」
「二人とも会社の同僚で、三屋さんは平社員、近藤さんは社長の息子です」
「と言う事は、将来的には社長になられる?」
「はい」
「普通に考えたら、社長の息子さんから言われたら、誰でもOKしたくなりますよね?」

 瑠璃子には、零美の言いたい事はわかっていた。今まで、近藤に対する悪い評判は聞いた事がなかった。仕事も出来るしルックスも悪くない。普通の人なら断らないだろうと言いたいのだ。しかし、そうですねと言いたくない、複雑な思いが瑠璃子にはあった。

「あなたは、お金で動くような人ではありませんね」
「えっ?」
「あなたは、目に見える形や物などで喜ぶ人ではありません。精神的な満足に喜びを見出す人です」
「は、はい……」
「こちらの近藤さんは、どちらかと言うと強気な人ですね。自信満々で能力も高い。仕事も出来る人でしょう」
「そうです」
「こちらの三屋さんは、どちらかというと弱気な方です。自虐的で仕事の要領も悪いでしょう」
「はい」
「でも、あなたは三屋さんの方が好きなんですね」
「えっ?」
 仁志が好きだと断定されて、瑠璃子は驚いた。実際、その通りだったからだ。

「ど、どうして? どうしてわかるんですか?」
「三屋さんは、人の痛みがわかる人です。心の痛みがわかるんです。そういうのに敏感なんですね。だから、あなたには心地良いんです。あなたも、人の痛みがわかるから」
「……」
「魂で会話が出来るというか、魂で繋がっている人なんです。あなたと三屋さんは」
「あ、ああ……」

 瑠璃子は零美の顔を見たまま、動きが止まってしまった。やっとわかった。どうして仁志でないとだめなのか。魂で繋がっていては、どうしようもない。そんな気がした。

「でも先生、私は母のために、母に親孝行するために、近藤さんと結婚した方が良いのではないでしょうか?」
「お母さんも、お金で幸せになる人じゃないですよね。だって、あなたのお母さんですもの。あなたを見ていれば、お母さんがどんな人かわかります」
「……」
「お母さんは、お金よりもあなたの幸せが一番なんです。あなたが好きな人と結婚してくれる事が、一番の親孝行なんです。そうでしょ?」

 瑠璃子は、嗚咽しそうになるのを堪えながら、黙って頷いた。やっぱり私はお母さんの娘だ。瑠璃子は心の中で叫んでいた。

 店を出た瑠璃子は、仁志にSNSでメッセージを送った。「明日、いつもの店に七時に来て」と。「仲直りをしたいから」と。

次の日、瑠璃子が約束の時間に店内に入ると、既に仁志は座って待っていた。

「早かったね」
「うん。瑠璃ちゃんに謝らないといけないのは僕の方だから。誠意を見せないとね」

 懐かしい、仁志の笑顔だ。久しぶりに仁志と話が出来て、瑠璃子は嬉しかった。

「座って」と仁志に促されて、瑠璃子は席に座った。すると、今まで座っていた仁志が立ち上がって、瑠璃子の前に片膝をついてこう言った。

「もし良かったら、僕と結婚してください」

 仁志がポケットから取り出した箱を開けると、婚約指輪が見えた。

「えっ? 嘘?」
「嘘じゃないよ。本気だよ。君の返事はYES? それともNO?」

 ポロポロと零れ落ちる大粒の涙を気にもせず、顔をくしゃくしゃにさせて瑠璃子は言った。

「NOのわけない。YESよ!」

 瑠璃子は仁志に抱きついた。

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投稿日:2018年12月31日 更新日:

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