第5話「八十歳男性を取り戻したい女」

「こんにちは」
平日の午後、一人の女性が現れた。年齢は七十歳をとうに越えていると思われるのだが、派手過ぎない柄物の洋服をセンス良く着こなしている、お洒落な女性だった。背筋も伸びて、話し方もしっかりとしている。肌艶も良く、年齢よりも若々しく見えた。

「どうもこんにちは。ご予約の柴田花枝様ですね」
「はい。柴田です」
「どうぞ、こちらへ」

それほど太っているわけでもないが、全体的に肉付きが良く、健康的な体に見えた。年齢の割には足取りが軽かった。軽快に歩を進め、テーブルやソファーにぶつかる事もなく、優雅に座った。

「コーヒーでもいかがですか?」
「ありがとうございます」

その優雅さから、自宅でもコーヒーを好んで飲みそうに思えた。彼女に合いそうなコーヒーカップを選び、淹れたてのコーヒーを注いだ。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

香りを楽しんでから飲む姿から、長年コーヒーを好んで飲んできた人生が想像出来た。零美に向けられた微笑みから、香りや味に対しての満足度が高かったようだ。

「柴田さんの今日のご相談内容は、どのようなものでしょうか?」
「実はですね、今私は、八十歳の男性と付き合っているんですけど、最近あの人、違う女と親しくしてるようなんですよ。それがなんと、私の同級生だと言う事がわかりまして。それで、どっちがあの人に合うのかを観てもらおうと思いましてね」
「わかりました。ではこの紙に、三人のお名前と生年月日を書いていただけますか?」
「はい」

彼女が書いた三人の命式を出し、プリントアウトしてテーブルに並べた。男性は坂上勉、八十歳、彼女は柴田花枝、七十五歳、彼女の同級生は市川富子、七十五歳だ。

それぞれ連れ合いを亡くし、独り身となっていた。世間では老いらくの恋と言うが、人生の最期を迎えようとしている老人が、もう一花咲かせたいと思う事は素敵ではないか、零美はそう思っていた。

「坂上さんは、とても愛情の深い方ですね」
「確かに、誰にでも優しくて人望のある人です。あの人を悪く言う人はあまりいませんねえ」
「だからモテるんでしょうね」
「それが困るんですよ。私が最初に付き合っていたのに、いつの間にか市川さんとも付き合いだすなんて」
「好意を寄せてくる人を無下に出来ないんでしょうね。優しいんですよ、とても」
「じゃあ先生は、私と彼女とどっちが坂上さんに相応しいと思いますか?」

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上品だと思っていた彼女は、意外にも嫉妬深いようだ。独占欲が強いのであろう。おそらく男性の方は、恋愛と言うよりも、良きお茶飲み友だちと言う感覚に違いない。だが、彼女の方は、男性を自分だけで独り占めにしておきたいのだ。

しかし、そんな事は彼女の耳には届かないように思える。一度思い込んだら止まらないようである。命式から、男性の悲鳴が聞こえるかのような気がした。

「彼女は割と、積極的に行動するタイプに思えますね」
「市川さんはねえ、料理が上手いんですよ。男を掴むには、まず胃袋を掴めって言うでしょ? あの人は、しょっちゅう手料理を作って持っていくんですよ」
「へー、マメなんですねえ」
「私なんか、料理作るの好きじゃないからさ。外で食べたい人間なのよ。そこで一歩リードされてるのよね」
「押しの強さがありますからね、市川さんは。坂上さんは、押しに弱いタイプですから」
「そうねえ。私は、自分から行くのが好きじゃないから」

プライドが人一倍高い彼女は、自分から人に言い寄る事はしないだろう。そして、そう言う事をする人を、ひどく軽蔑するタイプだ。だから彼女の事が許せないのだ。

「それに、彼女はどちらかと言うと、ぽっちゃり体型なの。肉厚で、触ると柔らかいわけ。私みたいに痩せてゴツゴツしていないのよ。男って、ちょっとぽっちゃりの方が喜ぶでしょ?」
「はあ……」

その辺の男心は零美にはよくわからなかったが、確かに、痩せているより少し太っている方が、健康的で魅力的かも知れない。

「それで、どちらが相応しいのかしら、坂上さんに」
「そうですね。お二人ともそれぞれの良さがあって、どちらも相応しいと思いますよ」
「えー? ……そう」

明らかに残念そうだった。しかし、実際、どちらもそんなに悪い相性ではない。それに、男性の方はどちらとも上手くやっていきたいと思っているようなので、こう言うしかなかったのだ。

「わかりました。ありがとうございました」

そう言って、彼女は料金を支払って帰っていった。帰り際も、あまり納得していない様子だったが、零美としてはかける言葉がなかった。あまり期待を持たせてもいけないだろうと思ったからだ。

その日から数か月後、想像もしなかった事が起こった。市川富子が坂上勉の自宅に居たところに柴田花枝が押し入り、二人を包丁で刺したのだ。幸いにも急所は逸れて、二人とも命は助かった。彼女は、近所の人が通報して駆け付けた警官に逮捕された。

嫉妬心が強いとは感じていたが、刃傷沙汰を起こすとは予想も出来なかった。独占欲の強い彼女は、自分の男を盗ろうとする同級生も、どちらにも良い顔をする男性も許せなかったのだろう。零美の脳裏には、彼女の帰り際の顔が浮かんで、しばらくは消えなかった。

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