第51話「神様を試す母」

 石黒夏樹の朝は早い。午前四時五十分に携帯のアラームが鳴る。夫の裕也や息子の裕樹を起こさないように、静かにそーっと寝床から起きる。パジャマを着替えた後は、最近友人に誘われて始めた、宗教の神様に向かってお祈りを始める。

 夏樹の願いは、夫婦円満と経済的問題の解決だ。裕也が長年勤めた会社から独立し、自営を始めてから数年が経つ。腕の良い職人には違いないが、人に頭を下げるのが好きではない性格のため、なかなか仕事がもらえなかった。

 古くから地元で魚屋を営む両親に頼んで、知り合いを紹介してもらったり、どうしても大変な時には、少しお金を用立ててもらえるように頭を下げるのは夏樹の役目だった。娘可愛さに貸してはくれるが、四十も過ぎていつまでも親の脛をかじるわけにもいかない。

 夫婦喧嘩の原因は、いつもお金の事だった。口下手な裕也は、マシンガンのような夏樹の言葉に耐え切れずに部屋を出る。そんな日々を何とかしたくて、夏樹は信仰を始めたのだ。

 お金の事以外にも、夏樹の願い事が実はもう一つある。それは、高校三年生の祐樹の事だった。今日は、その祐樹の問題を相談するため、知人から紹介された零美の元に来ていた。

「先生、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、石黒さんのお悩みはどんな事ですか?」
「夫婦関係と息子の事です」
「では、三人のお名前と生年月日を書いてもらえますか?」

 零美は、夏樹と裕也と祐樹の命式を出してテーブルに並べた。

「ご主人は、正義感が強くて曲がった事が嫌い。非常に真面目でこだわりの強い方ですね」
「こだわりが強すぎて困る事が多いです」
「いわゆる頑固な方ですね。金の生まれで岩のように固いです」
「確かに」
「一方の奥様は木の生まれです。木は金に削られますから、ちょっと辛いかもですね」
「確かに痛めつけられています」
「でも、金によって木は加工される事で、人の役に立ちますから、ある意味良い組み合わせではないかと思うんです」
「そう、ですか……」

 良い組み合わせと言われても、夏樹は少し納得いかない表情だった。

Sponsered Link



「ご主人は社会性が強すぎて、人の下で使われるのはちょっと……」
「それで、会社を辞めて独立しました。でも、経済的に火の車です」
「でも、奥様に財運がありますから大丈夫ですよ」
「そうなんですか?」
「はい」

 夏樹は、良かったと言って胸を撫で下ろした。

「あの……息子の事なんですが……」
「ああ、息子さんですよね。お父さんに似て真面目で、努力家だと思います」
「確かに努力家なんですが、努力が結果に表れないのはどうしたら良いのでしょうか?」
「結果とは?」
「息子は野球部なんですが、三年間ずっと補欠なんです。今度が最後の大会なので、何とか試合に出て活躍させてあげたいのです」

 零美の目には、夏樹の瞳が潤んで見えた。三年間、試合に出れなくても努力をし続けてきた息子の事を思うと、熱いものが胸に込み上げてくるのだろう。何とか最後くらいは、努力を実らせてあげたい。それが親心なのだ。

「私、宗教を信仰していまして、毎日神様に祈っているんですが、なかなか息子がレギュラーになれなくて。先生、神様って本当にいるんですか?」
「神様、ですか? うーん、私も見たことないからはっきりとはわかりませんが、何となくいるんじゃないかなあと……」

 納得のいかない顔をしている夏樹に、零美はある提案をすることにした。

「では、神様を試してみたらどうでしょうかね?」
「神様を、試す? どういうことですか?」
「神様にこう言うんです。息子が試合に出て活躍しなかったら、今後あなたの事は信じません。今信じている信仰も辞めます。それでも良いんですかと」
「それは、脅迫?」
「そうです。神様を脅迫するんです」
「良いんですか、そんな事して」
「私が神様だったら、そこまで言うなら活躍させてあげようかと考えますよ」

 夏樹は考えた。今まで、神様を信じていると言いながら、本当に信じていたのだろうか。真剣にやってきたのだろうか。やっぱり、どこかいい加減だったのではないか。

「わかりました。もし願いが叶わなかったら、きっぱりと信仰を辞めます。真剣に祈ってもだめなら、この先続けても意味がないでしょうから」

 覚悟を決めた夏樹は、その日から真剣に祈り続けた。どうか今まで頑張ってきた息子に、最後くらいは良い思いをさせてあげてくださいと。

 そして最後の大会の日。一点差で負けている九回裏ツーアウトの場面で、監督に代打で呼ばれたのは、夏樹の息子の祐樹だった。二塁と三塁にランナーがいて、ヒットで二塁ランナーが返れば逆転勝ちになる。

 打席に立つ祐樹を見ながら、夏樹は必死に神様に祈っていた。「どうか、どうか神様、祐樹にヒットを打たせてください」と。

 二球ストライクが続いた第三球目、祐樹が思い切り振ったバットに当たったボールは、左中間を超えていった。三塁ランナーに続いて二塁ランナーが返り、逆転勝利になった。

 笑顔でみんなに囲まれている息子の姿を、必死に目に焼き付けようとしていた夏樹の両目からは、今にも涙が零れそうになっていた。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:2019年1月2日 更新日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)


  • 6現在の記事:
  • 65376総閲覧数:
  • 72今日の閲覧数:
  • 68昨日の閲覧数:
  • 703先週の閲覧数:
  • 2777月別閲覧数:
  • 37786総訪問者数:
  • 48今日の訪問者数:
  • 49昨日の訪問者数:
  • 456先週の訪問者数:
  • 1471月別訪問者数:
  • 58一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: