何気なく道を歩いていた吉川康生は、歩道脇にキラリと光る物を見つけた。康生には、とりあえず気になった物は何でも拾ってしまう癖がある。その場にしゃがみ込んだ康生は、その光る物を手に取ってみた。
それはキーホルダーのような物で、メタルのプレートには「断捨離」と書かれていた。裏を見ると、「これであなたも断捨離マスター」と書いてあった。
「断捨離マスター? 何だこりゃ?」
いくら康生が無知とは言え、断捨離ぐらいは知っていた。不要な物を捨てることで、生活の質を上げようというものだ。何でも拾う癖のある康生の部屋は、不要な物で溢れていた。
康生はとりあえず、断捨離キーホルダーをズボンにぶら下げた。すると何故か、早く自宅に帰らなければ、という思いが湧いてきた。
築年数の古いアパートの二階に駆け上り、急いで自宅のドアを開いた。雑然とした部屋には、いろいろな物が転がっている。それが皆、康生には不要の物に思えた。
ゴミ袋を広げた康生は、手当たり次第に転がっていた物を捨て始めた。お菓子の食べ残し、ペットボトル、雑誌、CD、DVD、シャツ、ズボン。
それだけでは飽き足らず、台所用品から洗面道具、テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの電化製品まで、ありとあらゆるものを処分した。
全てなくなってしまった部屋を見て、まだ何か処分していない気がした康生は、友人から聞いた零美の店にやってきた。コーヒーを出してくれた零美に頭を下げ、康生は話を切り出した。
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「先生の噂を聞いてやってきました」
「はい。どうしましたか?」
「今までの不精な生活を改め、断捨離をしたんですけど、まだ心が晴れないのは何故でしょうか?」
「断捨離、ですか?」
「はい」
「どうして断捨離しようと思ったんですか?」
「これを拾いまして……」
康生は、ズボンにつけていたキーホルダーを外して零美に手渡した。それを手にした零美に、言い知れない不安が襲ってきた。
「これはどうしたんですか?」
「道に落ちていたのを拾って、ズボンにぶら下げていました。これを身に着けてから、何だか急に断捨離がしたくなったんです」
あらゆる角度から見てみたが、零美には不安の正体がよくわからない。しかし、康生の心が晴れないのは、このキーホルダーに原因があると思えて仕方がなかった。
「理由はわかりませんが、このキーホルダーに何か、良くない要素があるように思えるのですが」
「そうですか」
「これを断捨離すると言うのはいかがですか?」
「なるほど」
康生は納得して立ち上がった。零美にていねいにお辞儀をし、料金を払って店を出た。そして、歩きながら捨てるのに良さそうなゴミ箱を探した。
康生が数メートル歩き始めると、何故だか心が騒いできた。まだ断捨離しきれていないモノに気がついたのだ。
康生は、急いで目の前のビルに向かった。屋上に上った康生は、最後に自分を断捨離するために、屋上から飛び降りた。その様子を目撃した女性が、絹を切り裂くような声で「きゃーーーーーーー」と叫んだ。そして、次々と人が集まってきた。
そこをたまたま、ピザを配達に来ていた桐島正春が通りかかった。正春は、人だかりから離れた所にキラリと光るものを見つけた。
気になったものは、とりあえず手にしてみないと気が済まない性分の正春は、しゃがみ込んでそれを拾ったのだが、銀色のプレートには「断捨離」と書かれてあった。
正春は、それをポケットにねじ込んで、そのままバイクを走らせた。遠くからは、救急車のサイレンが聞こえていた。
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