第65話「危険な殺意」

 平日の午後、零美は和美を連れて公園に来ていた。猫とは言え、和美は五歳の女の子。家の中でじっとしてはいられない。

 公園にはいろんな出会いがある。猫の習性として、動くものは追いかけたくなる。飛び跳ねるバッタを追いかけてみたり、ひらひらと飛ぶ蝶を追いかけてみたり。それは、五歳の女の子の好奇心を刺激するものだった。

 和美の目に懐かしく映ったのは、ブランコだった。以前よく、零美と一緒にブランコに乗った。和美は零美にブランコに乗ってもらい、その膝の上に飛び乗った。

 猫は高い所が好きだ。少し高い所から見える景色は、地面に比べて気持ちが良い。それが行ったり来たりするものだから、また何とも言えないのだ。

「あっ、猫ちゃん!」

 女の子が声を上げて近づいてきた。和美と同じくらいの年頃だろうか。零美がブランコを止めると、女の子は側に来て、和美の頭を撫でだした。

「可愛い!」
「お嬢ちゃん、猫好きなの?」
「うん、大好き。沙耶の家でも猫飼ってるよ」
「お名前、沙耶ちゃんって言うの?」
「うん。猫の名前はジジ」
「ジジ?」
「うん。魔女の宅急便でキキと一緒にいる黒猫の名前」
「へえー、そうなんだ。この子は和美って言うの。よろしくね」
「和美ちゃん、よろしくね。ねえ、家に来る? ジジ見せてあげる」
「良いの? お母さんに聞いてみて」

 沙耶は頷いて、近くでママ友と話していた目黒朋美に聞きに行った。

「ねえ、お母さん。あのおばちゃんと猫ちゃん、家に連れて行っても良い? ジジを見せてあげたいの」
「あらそう」

 朋美が零美のところにやってきた。

「こんにちは。目黒と言います」
「どうもこんにちは。加賀美です」
「よろしかったら、我が家に遊びに来られませんか? すぐ近くなんです」
「そうですか? ありがとうございます」

 零美と和美は、朋美と沙耶の家に行くことになった。公園から歩いてすぐの一戸建ては、まだ新しい家だった。重厚な玄関ドアを開けると、明るく広い空間が出迎えてくれた。そして奥には、魔女の宅急便そのままの黒猫がこちらを向いていた。

 初めての客に警戒しているようだが、沙耶が「ジジ!」と呼ぶと、「にゃん」と一声鳴いて歩いてきた。沙耶は抱きかかえたジジを、キャリーバッグの中の和美に見せながら「こんにちは」とジジの代わりに挨拶をした。

 和美はキャリーバッグの中で「にゃん(こんにちは)」と鳴いた。ジジは黙ったまま、和美をじーっと見ていた。

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 リビングに通され、朋美は零美にコーヒーを出してくれた。コーヒーは嬉しかったのだが、この家の温度が何故か低いことに、零美は違和感を感じていた。

 それは和美も敏感に感じていたようで、膝の上に座っていた和美は、零美の耳元まで体を伸ばして「お母さん、この人たち、問題があるね」と言った。

 母親の零美がそうであるように、娘の和美も霊感が強かった。それは猫になることで、より一層強められたようである。

 そしてまた、父親の和彦譲りの、豊かな想像力と推理好きという一面があった。資産家殺人事件に興味を持ったのも、和美の持つ性質が大きく影響していたのだ。

 零美は、和美の好奇心の芽を摘んではいけないと思い、和美を床に降ろした。和美はすぐにジジの元に歩み寄って話しかけた。

『ジジ、私の名前は和美。私さっきから、この家のことが気になるんだけど、家族のことで困ったことない? 力になれるかも知れないわ』
『和美、ありがとう……。実は、沙耶のお父さんが不倫しているの。沙耶のお母さんが妊娠している時、その人と不倫してね。それを沙耶のお母さんが知って大喧嘩に。一旦は別れたんだけど、また縒りを戻したらしくて。それを知った沙耶のお母さんが、もう許せないって殺すつもりなの……』
『えーーー?』
『そんなことになったら、沙耶は一人ぼっちになっちゃう。どうしたら良いの……』

 和美は零美のところに行き、ジジから聞いたことを話した。しばらく考えた後、零美は沙耶に言った。

「沙耶ちゃん、おばさんはお母さんと大事な話をしないといけないから、向こうで和美とジジと遊んでてくれないかな?」
「うん、わかった」

 沙耶は和美とジジを連れて奥の部屋へ行った。

「お話って何ですか?」
「あっ、すいません。自己紹介が遅れました。私、近くで占いのお店をしている加賀美零美と申します。私、生まれつき感覚が鋭いものですから、奥様の思いが伝わってくるんです」
「私の思い、ですか?」
「ご主人を憎んでいますね?」
「えっ?」
「殺したいぐらいに……」
「……」

 朋美の顔は真っ青になっていた。憎悪の炎を燃やし続ける心の中を、見透かされてしまったのか。朋美も少し敏感なところがあるので、零美が只者ではないと感じていた。

 この人ならあり得るかも知れない、そう感じていたのだ。二人はしばらく見つめ合った後、朋美は観念したように言った。

「そうです。あなたのおっしゃる通りです。夫には、幾度となく裏切られてきました。その都度謝っては許しを繰り返してきましたが、もう限界です。もう許さない、と心に誓ったのです」

 朋美の綺麗な瞳から、大粒の涙が零れた。それを彼女は両手で拭おうとするが、次から次へと零れて止まらない。

 掃除を欠かさず、綺麗に整理されたこの家を見る限り、朋美は几帳面で完璧主義なのだろう。プライドも高く、ちやほやされて育ったに違いない。

 彼女なりの理想の家庭像があったのだろう。それに対して、彼女は一生懸命努力してきた。夫を支え、子育てもしてきた。家を守ってきた。それなのに、夫だけは意のままにならない。これまでの思いが、感情となって表れたのだ。

 零美は立ち上がり、朋美の両肩に手を置いた。そして、背中越しに優しく話しかけた。

「今までよく頑張ってきましたね。もう十分です。あなたはよくやりました」

 朋美は下を向いたまま、背中を震わせている。

「もう別れたらいかがですか? ご主人はおそらく、今後も変わることはないでしょう。そんな人のために、あなたの限られた人生を使う必要はありません。そんな人のために、あなたの人生を棒に振るうことはありません」
「……」
「あなたが罪を犯せば、沙耶ちゃんは一人ぼっちになりますよ。沙耶ちゃんだけは守らないといけませんよ」

 朋美は、肩に添えられた零美の手を握り、「沙耶……」と呟いた。

「そんな男は、勝手に天罰が下るでしょう。あなたが手を下す必要はありません」

 朋美は下を向いたまま、小さく頷いた。零美は名刺を取り出し、「いつでもご連絡ください」と言って渡した。

 奥の部屋を見ると、沙耶がジジと和美を相手に遊んでいた。その時、和美が零美の方を向いて、小首を傾げて「にゃん」と鳴いた。零美には、和美が随分と大人になったように思えた。

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投稿日:2019年1月16日 更新日:

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