第66話「恋のキューピッド」

 朝六時、和美のザラザラした舌で舐められた零美は、痛さを感じながら起きた。「おはよう」と言う和美に「おはよう」と挨拶を返す。

 隣で寝ている和彦に対して和美は、優しくキスをしてあげた。「随分と差があるわね」と零美が嫌味を言うと、「お父さん大好きだから」と答えた。ちょっと嫉妬した零美だったが、和彦さんは和美と直接話が出来ないからね、と自分を納得させていた。

 和美は零美が用意してくれた朝食を食べると、「行ってきます」と言って外へ出た。零美は「行ってらっしゃい。車に気をつけてね」と言って和美を送りだした。

 猫の体を借りているが、中身は五歳の女の子である。普通の子なら、幼稚園に行って友だちと遊ぶのだろうが、和美は幼稚園には行けない。そこで、街を巡回して他の猫たちと交流するのだ。

 和美は、母親が占い師の加賀美零美、祖母が心霊研究家の加賀美志保という、生粋の霊感少女である。困っている人を助けたいという気持ちが、細胞レベルで受け継がれているのだ。さらには、父親譲りの豊かな想像力と推理力がある。

 沙耶の母親が夫に対して殺意を持っていたことを知り、零美とともに事件を食い止めた。この経験から、事件が起きる前に事件を解決する、それが和美の目標になっていた。どこかに事件の火種はないか、和美はアンテナを立てながら、街を注意深く歩いた。

 すると、一軒家の前でじっと座っている猫に遭遇した。茶色の毛並みが美しい猫だ。和美は声を掛けた。

『こんにちは』
『……こんにちは』
『私の名前は和美。あなたのお名前は?』
『……茶々』
『まあ、茶色だから茶々? 素敵な名前ね』
『……ありがとう』

 茶々は、初対面の和美を警戒していたが、和美は持ち前の明るさで、茶々の心の中に入っていった。

『ねえ、お友だちにならない?』
『……いいけど』
『ありがとう! じゃあ早速、あなたの悩みは何かしら?』
『……悩み?』
『気になることよ。私こう見えても、占い師兼探偵なのよ』
『占い師? 探偵?』

 猫の世界に、占い師や探偵がいるかどうかはわからない。もともと猫は、群れで暮らす動物ではない。そんな猫同士で、仲良くなれるのかはわからないが、和美はとにかく、困っている人、あるいは猫のために、何か力になりたいと思っていた。

『あなたはこの家で飼われているの?』
『……そうだけど』
『飼い主さんの悩みごとはないかしら?』
『……あるけど』
『あるの? じゃあ、教えて!』

 面倒臭い猫だなあと思いながらも、茶々は和美のキラキラした瞳に圧倒されていた。それに、茶々は飼い主の悩みを何とかしてあげたいと思っていたので、和美に話すことにした。

『……じゃあ、家に入りなよ』と言う茶々に『ありがとう!』とお礼を言って、和美は後をついていった。

 茶々が立ち止まった部屋の中には、机に向かう女の子がいた。名前は柳田優美。高校二年生だ。茶々は優美の背中を見ながら、和美に言った。

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『……優美は、隣の家の佐久間竜騎のことが好きだ』
『へー、そうなんだ』
『だけど、恥ずかしがり屋で話もろくに出来ない』
『なるほど。茶々は、優美の恋を応援したいんだね』

 茶々は黙って頷いた。和美はしばらく考えた後、茶々にこう言った。

『まずはきっかけ作り。私が竜騎を呼び出すから、茶々は優美を外に連れてきて』
『えっ? どうやって?』
『とにかく、私が合図したら、すぐに優美を連れ出してね』

 そう言って、和美は外に出て、隣の家に向かった。そして、竜騎がいるであろう二階の部屋まで軽々と移動し、窓から中を覗いた。

 竜騎はベッドに座って、ギターを弾いていた。うっとりするような優しい音色に、しばらく聞き入っていた和美だったが、本来の目的を思い出し、窓ガラス越しに「にゃおん」と鳴いた。

 竜騎がそれに気づいて近寄ってきたので、網戸を引っ掻いて「中に入れて」と訴えた。竜騎が窓を開けた時、和美は勢いよく竜騎の胸に飛びついた。少し驚きながらも、竜騎は和美をしっかりと受け止めた。

 和美はゴロゴロと喉を鳴らして甘えた。竜騎は、日焼けした顔で笑いながら、和美の頭を撫でた。余りの気持ち良さに、しばらく我を忘れていた和美だったが、思いついたように、竜騎の腕をするりと抜け出して飛び降りた。

 そして振り返って「にゃん」と一鳴きした後、すすすっと部屋の外に向かって歩き始めた。竜騎は和美の後を追って、階段を下りて外に出た。

 和美は「にゃーーーーおん」と大きく鳴きながら、優美の家に向かった。これは、茶々に優美を家の外に連れ出すようにと言う、合図の鳴き声だった。

 優美の部屋で、和美の合図に気づいた茶々。急いで「にゃんにゃんにゃんにゃん」と鳴きだした。「どうしたの?」と近づく優美の手を振り払い、茶々は部屋を出た。茶々の突然の異変に驚いた優美が後を追っていくと、茶々はそのまま玄関を飛び出した。

「待って!」と言って、急いで優美も玄関を飛び出す。すると、しゃがみ込んで和美を撫でている竜騎にぶつかりそうになった。

「わっ! ごめん……」
「いや、大丈夫。ぶつかってないから。でもどうしたの? パジャマのまま……」
「えっ?」

 日曜日で、起きたのが遅かった優美は、まだパジャマ姿だった。「嫌! 恥ずかしい」と両手で顔を隠す優美に、「可愛いパジャマだね」と竜騎が優しく声をかけた。

 優美は指の隙間から竜騎の顔を見て、「ありがとう……」と答えた。すると竜騎が「もし良かったら、僕の家に遊びに来ない? 自分でも自信作の曲が出来たんだ。誰かに聞いてもらいたいと思っていたんだよ」と言った。

 優美は、竜騎がギターで作曲していることは知っていた。竜騎の部屋から微かに聞こえてくるメロディーを、優美は密かに楽しみにしていたのだ。

「えっ? 私で良いの?」

 運動神経抜群で頭も良く、多くの女子が憧れている竜騎の部屋に、自分なんかが行って良いのか。行きたい思いで一杯なのに、優美は自分に自信が持てなかった。

「良いに決まってるじゃん。優美に聞いてほしいんだよ」

 竜騎の顔が真っ赤に染まっていく。その様子を見ていた和美は、竜騎も優美のことが好きなんだとわかった。和美が左を向くと、茶々が嬉しそうな顔をしていた。

「待ってるから、パジャマ着替えてこいよ」と竜騎に言われ、「うん」と答えて家の中に戻る優美を、茶々も追いかけて行った。その姿を見送った和美は、問題は解決したと心の中で思いながら、零美と和彦が待つ家に向かって走った。

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投稿日:2019年1月17日 更新日:

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