第67話「自殺を考える女の子」

 日曜日の午後、零美の店に若い女性が訪れてきた。彼女の名前は本城冴子。都内の高校に通う高校一年生だが、クラスメイトによる執拗ないじめに遭っていた。

 冴子は、容姿はどこにでもいる普通の女子高生であるが、大人しい性格のため、いじめられてもあまり抵抗はしなかった。それがいじめっ子たちのいじめ行為をエスカレートさせてしまった。

 いじめの主犯は、親が会社経営をする裕福な家庭の娘である。彼女としては、ただの遊びであり暇つぶしに過ぎない。お金で子分たちを従え、学校ではやりたい放題だ。

 冴子の家は母子家庭である。娘二人を育てるために、母の郁恵は昼夜問わずに働いていた。苦労して働いてくれる母に、自分が学校でいじめられていることは言えなかった。

 一人で悩むと、どんどん悪い方向に考えが傾いていく。楽しいことなんて何もない。生きていても仕方がない。死んだ方がましだ。

 そんな思いを持って、冴子は零美の元に来た。死ぬ前に、誰かに話を聞いてもらいたい。同情してもらいた。ただそれだけだった。

 零美は冴子に、カルピスを出してあげた。黙って軽くお辞儀をした冴子は、虚ろな目をしたままストローで掻き混ぜた。からんころんという音が、静寂の店内に響いた。

 零美は、冴子の悩みが深刻であると感じていた。店に入ってから一言も話していない。ずっと下を向いたままである。最初の一言をどう話すべきか、思いあぐねていた。

 その様子をじっと見ていた和美が、そろりそろりと零美に近づいた。そして零美の体をよじ登り、膝の上に乗ってテーブルの上に顔を出した。大きな瞳を冴子に向けて「にゃん」と一鳴きすると、下を向いていた冴子が顔を上げた。

「あっ、猫だ!」

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 冴子が目を輝かせて叫んだ。それが彼女の第一声だった。名前すらも告げずに落ち込んだままだった冴子が、和美の一鳴きで心が晴れたのだ。

「ほらね」と言う目で見上げた和美の耳に、「頼んだよ」と小声で囁いて床に降ろした。和美はぐるりと回って冴子の方へ行き、「にゃんーーーー」と可愛く鳴いた。

「猫はお好きですか?」
「はい。家はアパートなので飼えませんが、いつか飼いたいなあって思っています」
「その猫、良かったら抱っこしてみます?」
「良いんですか?」
「はい」

 冴子は恐る恐る手を伸ばし、和美を膝の上に乗せた。

「可愛い」
「でしょ。名前は和美って言うんですよ」
「和美ちゃんですか。可愛い名前ですね」
「ありがとうございます」

 零美は、冴子の心が和んだところで話を切り出した。

「えーーっと、お名前は……」
「あっ、私は本城冴子と言います」
「本城さんですね。本城さんの悩みごとって……」
「ああ……私の悩みはですねえ……実は今、ひどいいじめに遭っていまして」
「いじめですか……」
「私は高校一年生なんですけど、もう学校に行きたくないんです。でも、父が亡くなって以来、一生懸命働いて私たちを育ててくれている母に、学校行きたくないって言いづらくて……」

 下を向く冴子の手を、和美がぺろぺろと舐めた。冴子は、和美の頭を優しく撫でた。

「そのいじめっ子は、全然やめようとはしてくれないんでしょ?」
「はい。もう地獄です。死んでしまいたいです」

 その言葉は、軽く言っているようには聞こえなかった。彼女が本気で考えていることだ。思春期の多感な時期に、追い詰められて自殺を選択する子どもたちは多い。

 こういう子たちに、「頑張れ」とか「耐えろ」とか言うのは酷だ。昔は一度躓くと、将来の進路が限られてしまうが、今はいろいろな選択肢がある。フリースクールやインターネットスクールなどで学ぶ人も多い。

「そんなに嫌なら、行かなくても良いんじゃないですか、学校」
「でも、母が悲しみますし」
「あなたが苦しむことの方が、お母さんには辛いことなんです。親にとって、子どもが生き甲斐なんですよ。学校なんか行かなくたって、生きていてくれさえすれば良いんです」
「生きているだけで……」
「そうです」

 零美の言葉は、冴子の胸に重く響いた。生きているだけで良いなんて、冴子は考えたこともなかった。この言葉で楽になったのか、冴子の表情は随分と明るくなった。

 和美を見ると、気持ち良さそうに冴子の膝の上で眠っている。今の姿は、人間だった頃とはかなり変わってしまったが、零美にとって娘である事に変わりはない。

 死んでしまったと思っていた娘が帰ってきてくれた。たとえ姿は猫だったとしても、傍にいるだけで零美にとっては充分だった。

「お母さんに正直に話してみてください。きっとあなたの味方になってくれますから。フリースクールとかインターネットスクールとか調べてみたらいかがですか?」
「はい」
「わからないことがあったら、また来てください。一緒に探してみましょう」
「ありがとうございます」

 冴子は、和美を起こさないようにそーっと立ち上がった。そして和美をそーっと零美に預けて、深々とお辞儀をして帰って行った。零美は眠っている和美を撫でながら、「ありがとう」と呟いた。

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投稿日:2019年1月18日 更新日:

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