第69話「プロポーズしたい男」

 和美の町内パトロールは、毎日朝夕の二回ある。ある日の夕方、和美が公園を通り過ぎようとしていたところ、一組の男女がベンチに座っていた。男性の名前は北島航大、女性の名前は島田晴香、二人は恋人同士である。

 昼間は母子で賑わうこの公園も、夕方は静かだ。街を彩る夕焼けは、フランス映画のような雰囲気を醸し出していた。

 二人とも、真っすぐ前を見つめている。張りつめた緊張感が、五歳児ながら感受性の鋭い和美に、只ならぬ緊迫感を感じさせる。和美はしばらく、この二人を見守ることにした。

「あ、あの……」と男性が口を開き、その場の静寂を破った。女性は「はい……」と返事をし、男性に次の言葉を促した。再び黙り込んだ二人を、和美はじっと見つめている。

「も、もし良かったら、僕と……」
「はい……」
「僕と……」
「……」

 その時、男性の携帯電話が鳴った。仕事の電話だと確認した彼は、「ごめん、また連絡するから」と言って、彼女を残して行ってしまった。「意気地なし……」と呟いた彼女は、足元にあった石を思い切り蹴飛ばした。驚いた和美は、急いでその場を走り去った。

 三日後、和美がソファーでうとうとしていると、公園で見た男性が入ってきた。零美が「お電話頂いた、北島航大さんですね?」と言い、彼を和美が寝ている対面の席に座らせた。

 零美がコーヒーを用意している間、和美は彼を観察してみたが、どうも落ち着きがない。そわそわしている。公園にいた彼女のことが気になるに違いない、和美はそう思った。

 コーヒーを持ってきた零美が席に着き、和美を抱き上げた。和美は母の胸に甘えた。

Sponsered Link



「北島さんの気になることは何ですか?」
「実は、彼女にプロポーズしたいのですが、なかなかうまくいかなくて……。それで、良い日があったら教えてもらいたいなと思いまして……」
「わかりました。それでは、お二人のお名前と生年月日を教えてください」

 零美は、彼と彼女の命式を割り出してテーブルの上に置いた。そして、しばらく思案した後、思い切って彼にこう告げた。

「今日は彼女と会えますか?」
「きょ、今日ですか? はい。会えます」
「今日は用意していますか? あの、婚約指輪って言うか……」
「は、はい。いつもポケットの中に入っています。いつでも出来るようにと思って」
「そうですか。では、今日にしましょう。今日が一番良い日です」
「きょ、今日が良い日……そうですか。わかりました」

 航大は一瞬迷ったが、今日が一番良い日という、その言葉に賭けることにした。「ありがとうございました」と言って軽くお辞儀をした後、決心を鈍らせまいと急いで外に出た。

 店の前で晴香に電話をかけ、この前の公園に来れるかと聞くと大丈夫だと言うので、三十分後に会うことにした。「よしっ」と右手で小さく握り拳を作り、自分に気合を入れる。

 この時、航大は気づかなかったが、少し離れたところに和美がいた。和美は零美に「あの人の様子を見てくる」と言って出てきたのだ。

 テレビドラマでよく見る告白のシーン。それを直接見てみたい。その願いは前回叶わなかったが、だからこそ今回は成功してほしいと思った。

 航大は公園に着いた。三日前と同じベンチに座る。和美はそろりそろりと近づき、気づかれないように隠れた。

 約束の時間になり、晴香がやってきた。「遅れてごめん」「大丈夫、僕が早かっただけだから」そんなやりとりが続いた後、いつかのように二人は黙り込んだ。

 二人の他には誰もいない公園に、静かな時間が流れていく。和美の目には、明らかに晴香は苛ついているように見える。それでも航大は固まったまま、動こうとしない。

 今日こそ失敗しないつもりで来ただろうに、どうして航大は何も言わないのか。良い意味でお節介の和美は、少しだけお手伝いすることにした。

「にゃあ」
「まあ、可愛い猫ちゃん」

 晴香が和美に気づいた。和美は航大のズボンをよじ登る。「えっ? 嘘?」と驚く航大をよそに、和美はポケットの中に右の前足を入れた。爪に引っかかった感触があったので、それをポンと引き上げた。

 飛び出した紺色の箱を、「おっとっと!」と落とさないように航大が受け止めた。いきなり立ち上がった航大に驚いて、和美は地面に着地した。

「何それ?」
「えっ? あっ、これは……」

 晴香が真剣な顔で待っている。航大はもう、腹を決めて言うことにした。

「もし良かったら、僕と結婚してください!」

 しばしの静寂が流れた。航大を見つめたままの晴香に「だ、だめ?」と聞くと、晴香は笑ってこう言った。

「だめなわけないじゃない。こちらこそ、よろしくお願いします」

 立ち上がってお辞儀をした晴香を、航大はしっかりと抱きしめた。遠くで学校帰りの高校生が見ていたが、二人は構わず抱き合った。

 邪魔かもねと思い始めた和美は、空気を察して、そろりそろりとその場を離れた。早く帰ってお母さんに報告しよう。勢いよく走り出した和美の胸は、なんだかドキドキしていた。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:2019年1月20日 更新日:

執筆者:

以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)





  • 1現在の記事:
  • 54198総閲覧数:
  • 37今日の閲覧数:
  • 182昨日の閲覧数:
  • 1166先週の閲覧数:
  • 3783月別閲覧数:
  • 29782総訪問者数:
  • 32今日の訪問者数:
  • 112昨日の訪問者数:
  • 844先週の訪問者数:
  • 2717月別訪問者数:
  • 116一日あたりの訪問者数:
  • 0現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: