午前中の町内パトロールをしていた和美は、川沿いの草原でごろんごろんと寝転んでみながら、空を見上げていた。青い空、白い雲、寝転がっていると、何だかとても気持ちが良い。人間だった頃には、考えてもみなかったことだ。
「にゃあ、にゃあ」
耳をすませてみた。どこかから、微かに聞こえてくる鳴き声。その声に近づいてみると、一匹の茶色の仔猫だった。
『あなた、迷子なの?』
『……ママ……ママ』
母親とはぐれてしまったのだろうか。可哀想に、一人ぼっちで泣いていたのだ。母親と会えない辛さは、和美は身に沁みてわかっていた。和美はその仔猫を背中に乗せて、母親を捜そうと思った。
街を歩き、出会う猫たちに聞いて回る。
『知らないわ』『知らないね』『知らねえよ』
誰も知らないと言う。疲れ果て、困った和美がとぼとぼ歩いていると、前方に懐かしい顔が見えた。あの猫は、いつも家の前でじっと座っている。そして、困った時はいつも和美の力になってくれる。茶々だ。
『茶々!』
『……和美』
茶々は相変わらず、ぼそぼそっとした喋り方だ。
『元気だった?』
『……うん、まあ』
『あのね、あなたにまた、お願いがあるの』
『……何?』
『この仔猫のママ、見た事ない?』
『……うーん。わかんない』
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茶々なら知っていると思ったのに。がっかりして、疲れがどっと出てしまった。どうしたら良いのだろうか。とりあえず、和美は茶々の隣に座りこんだ。仔猫は側で寝ている。
『あなたの飼い主さん、お名前何て言ったっけ?』
『……優美』
『そうそう、優美さん。お隣の……』
『……竜騎』
『そうそう、竜騎くんとはうまくいってるの?』
『……全然。進んでない』
『へー、そうなんだ……』
茶々の飼い主の優美は、隣に住む佐久間竜騎のことが好きだ。以前に、和美と茶々で二人をくっつけようと画策したが、その後の進展はないらしい。それを聞いた和美は、ふと思いついたことがあった。
『ねえ、茶々。ちょっと手伝ってくれないかしら』
『……いいよ』
和美は、寝ている仔猫を竜騎の家の前に置くと、以前のようにぴょんぴょんと二階に駆け上がり、竜騎の部屋の窓をトントンと叩いて「にゃおん」と鳴いた。
その鳴き声で外を見た竜騎は、和美の存在に気づいた。「いつか来た猫だ」と思った竜騎が窓を開けると、和美はぴょんと竜騎に飛びついた。
頭を撫でられてうっとりする和美。しかし、気持ち良くなっている場合ではないと、本来の目的を思い出して下に飛び降りた。そして竜騎が追いかけてくるようにうまく誘って階段を下りた。
和美に誘われるまま外に出た竜騎は、仔猫が寝ていることに気づいた。そっと持ち上げると、仔猫が起きて「にゃあにゃあ」と鳴きだした。竜騎がおろおろしているところに、茶々に誘いだされて外に出てきた優美が現れた。
「優美、ちょうど良かった。仔猫が家の前で捨てられていたんだよ」
「えー、そうなんだ。……でも可愛い」
「どうしよう。なんで泣いているのかわからない」
「……とりあえず、動物病院に行こう。うちの茶々がお世話になっているから」
そう言って、優美は竜騎と共に近所の動物病院に向かった。和美は茶々の方を向いて頭を下げた。
『あなたのおかげであの仔猫は助かった。本当にありがとう』
『……僕は何もしてないよ……』
茶々は恥ずかしそうに答えた。
『いつも茶々には助けてもらってるわね。あなたは私の一番の親友だよ』
そう言って和美は、茶々に抱きついた。茶々は少し恥ずかしそうにしながら、そのままじっとしていた。
次の日、和美は茶々に仔猫のことを聞いてみた。すると、竜騎と優美は二人で一緒に、仔猫をもらってくれる人を探し回ったという。少しずつ、二人の距離が縮まるといいなと和美は思った。
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