東京の夜は明るい。二十四時間、眠らない街だ。今日もネオン街は、客を呼ぶために照明を煌々と照らしているが、ある高級マンションの一室では、一組の男女が道ならぬ恋の炎を燃やしていた。
「いいのかい? 僕には妻がいるんだ」
「でも、もう何年も夫婦生活がないんでしょ?」
「うん。だけど、なかなか別れてくれない」
「こんな浮気男なのにね」
「世間体というものさ。子どもの受験にも影響するだろ?」
「社長夫人という響きがいいんじゃない?」
「確かにね。それに、何もしなくても十分な金は与えてるし、食事や掃除は家政婦がやってくれる。こんなに良い就職先はないだろう」
「あなただって、奥さんのお父さんには頭が上がらないんじゃない?」
「うん。会社が苦しい時に、随分とお金を出してもらったからね。本当に感謝している」
「じゃあ、お互いが今のままが良いってことね?」
「うん。君さえ良ければ、だが」
須藤幹夫の問いかけに、三田あかねは意味深な笑みを浮かべた。四十過ぎの男と、二十八の女。二人は微妙な距離を保ちつつ、今日も体を重ねるのだった。
「三田さんの気になることは何ですか?」
「私を含めた三人の関係です」
「それは所謂、不倫?」
「そうです」
占い好きのあかねは、友人から零美のことを聞いてやってきた。二人は年齢も近く、感受性が鋭いところが似ている。初めて会った時から、二人はお互いの特殊性を認識していた。
「それでは、三人の生年月日を教えていただけますか」
「はい」
零美は三人の命式を出し、テーブルの上に並べて置いた。あかね、幹夫、そして幹夫の妻の里美の順である。
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「こうして見ますと、幹夫さんと里美さんは、お互いの不足を補い合う関係になっていますね。里美さんは他人にどう思われるかで行動し、幹夫さんは自分がどう思うかで行動します。里美さんが知的なのに対し、幹夫さんは情的です」
「つまり、奥さんは損得勘定で動くと?」
「まあ、そうです。おそらく、たとえ夫が不倫していたとしても、それで自分が損害を被らない限り構わないと思います」
「別れないけど、好きにして良いよってことですかね?」
「遊びなら良いと。本気にならないでねってことですかね」
「なるほど」
そう言って、あかねは少し微笑んだ。二十八歳にしては妖艶な色気を見せる。幹夫が惹かれるのはそういうところだろう。
里美の容姿はわからないが、おそらく細身で色白、ボーイッシュな女性。理論的で合理的、男性脳の持ち主ではないかと零美は推測した。
一方、目の前のあかねは、少し太目でグラマラス。少し厚めの唇が、男心を誘惑する。甘え上手で少し天然が入っている、典型的な女性脳の持ち主だ。
「先生は、不倫はいけないと思いますか?」
「うーん、世間一般の人はそう言いますけどね。倫理上良くないと。でも、私の個人的な意見を言わせてもらえば、不幸な人がいなければ問題ないと思うんです」
「不幸な人?」
「はい。たとえばこちらの須藤さんご夫婦ですが、奥さんはご主人の不倫をご存知なのでしょうか?」
「多分、知っていると思います」
「それでも、離婚だとか別れるだとか慰謝料払えだとかは、おっしゃらないのですか?」
「はい。今のままの家庭を壊さなければ、不倫していても構わないと」
「なるほど。須藤さんも別れるつもりはない?」
「はい。義父の所有する不動産がかなりありますから」
「なるほど。それでは、あかねさんはどうですか?須藤さんに別れてもらって、自分と結婚してもらいたいですか?」
「いや、それは考えていません。お金を頂くお返しとして、心身の癒しを提供していますので。いつかお金を貯めて自分の店を持つ、それが私の夢です」
「三者三様、形は違えど、誰も困ってはいないわけですから、これはこれで良いのではないかと私は思います」
「ありがとうございます。最初会った時から、先生はわかってくれる気がしていました」
あかねは深々とお辞儀をして帰っていった。彼女がいなくなってからも、妖艶な残り香がしばらく漂っていた。
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