第8話「夫の死の理由を知りたい妻」

「こんばんは」

平日の夕方遅く、弱々しい挨拶でドアを開けて訪ねてきた女性は、顔の筋肉が硬直しているのか、まるで能面のような表情だった。白いワンピースに長い黒髪が、そして全体の佇まいが、いつか観たホラー映画を思い起こさせた。しかし彼女は、間違いなく現実世界に生きている人間だった。

「あ、あの……鑑定依頼の方ですか?」

予約の客はいなかったが、普段よりも遅い時間の来訪に違和感を感じた。

「すいません。予約はしておりません」
「……ですよね」
「先生のお噂は、以前から耳にしておりましたものですから、是非ともお話を伺いたいと参った次第です」
「そうですか……」

立っているのもやっとのように見えたので、とりあえず話を聞こうと席に案内をした。力なく歩く姿から、精神的にも肉体的にも、極度の疲労が溜まっていると感じられた。

零美は、迷う事なくホットココアを用意し、チョコレートを二つ添えて彼女に差し出した。じっと前を向いていた彼女は、黙ったままゆっくりと頭を下げた。自分用にはコーヒーを用意して、彼女の前の席に座って話を切り出した。

「あの……お話と言うのは、どのような内容でしょうか?」

ホットココアに少しだけ口をつけた彼女は、カップを置いて答えた。

「実は、夫について知りたいのでございます」
「ご主人ですか。ご主人と奥様の相性と言う事でしょうかね?」
「夫の気持ちが知りたいのです」
「そうですか。ではこの紙に、奥様とご主人のお名前と生年月日を書いていただけますか?」

黙って頷いた彼女は、ペンを取って書き始めた。彼女の名前は赤井雅子、三十二歳。夫の名前は赤井光夫、三十三歳だった。二人の命式を割り出した後、プリントアウトしてテーブルに並べた。

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「ご主人は繊細な方ですね。感受性が鋭くて傷つきやすい。いつも頭の中であれこれと考えを巡らすのが癖だと思われます。まあ、天才肌とでも言いましょうか……」
「……」
「ちょっと普通の人とは違った考え方をする人で、変わり者だと言われる事も多いでしょうし、ご自分でもそうだと認めていらっしゃるのではないでしょうか。」
「……」
「変わっていると言われる事が心地良いと言うか、気に入っていらっしゃると思います。他人の言う事を気にしない、強い信念を持っていらっしゃる方でしょう」

彼女は下を向いたまま、じっと零美の言葉を聞いていた。合いの手を入れるでもなく、頷くでもなく、ただ黙って下を向いたままだった。彼女が聞きたいのはこんな事ではないのだと、零美は少しずつ感じていた。

「あ、あのう……奥様が知りたいのは、何でしょうか?」

余りに反応がないので、堪えきれずに単刀直入に聞いた。すると、重い口を開いて彼女が話し出した。

「一か月前に、夫が自殺しました……」
「えっ?」
「遺書にはただ、ごめんなさい、とだけ書いてありました……」
「……」

どんよりと重い空気が店内を包む。彼女の息苦しさが零美にも伝染する。外はまだ気温が高いのに、店内の温度は低いように感じられた。愛する人の自殺によって、彼女の心は壊れたのだ。

その人の心の状態が、目に見える表情や雰囲気となって表れるものである。彼女の場合、それまで心を形作っていたものが崩れてしまった。糸の切れた凧のように空中に舞っている。

その状態を改善したくてこの店にやってきたのだが、零美には自信がなかった。彼女の心を元通りにする自信など、少しも湧いてきそうになかったのだ。

「夫が何故、自ら命を絶たなければならなかったのか、その理由が知りたいんです」

声を振り絞って訴える彼女の悲痛な言葉が、零美の胸に突き刺さる。自殺の場合、やっかいなのは、遺された者の心理である。自分に非があったのではないか、どうしてその苦しみをわかってあげられなかったのかを、延々と悩み続けなければならないからだ。

遺書に明確な理由が述べられていてもそうだと言うのに、ましてや理由がわからない場合、どれほど大変だろうか。残念ながら、死に行く者は、そこまで配慮してくれないのだ。

「これが、生前撮った最後の写真です」

スマートフォンを操作して選び出した画像には、優しい笑顔の男性が写っていた。とても悩みを抱えているようには見えなかった。零美は、その写真と彼の命式を交互に見ながら、夫の死の理由を探っていった。

そして、一つの結論に至ったので、「これは私の感じたものですから、あくまでも参考程度に」と前置きをしてから話し始めた。

「ご主人はずっと、何故生きるのか、その理由を考え続けてきました。子どもの頃から、ずーっと答えを探し続けてこられたのです」
「生きる意味、ですか?」
「はい。人は何故生まれて、何のために生きるのか、死んだらどうなるのか、それがご主人の命題でした」
「確かに、どこか哲学的な人だったと思います」
「この問題に関しては、誰でもいつかは悩んだりするものです。それが原因で宗教にのめり込んだり、あるいはいつの間にかどうでも良くなってしまうものですが、ご主人はずっと、その問題に取り組んできました。それは、誰かの言葉を信じるという事で、納得出来るものではなかったのです」
「はい」
「そして、その悩みが限界に来ました。その結果、心と体が遊離してしまったのです」
「遊離?」
「はい。心があの世に行ってしまったと言うべきでしょうか。そのため、自殺するしかなかったと……」
「あ、あの……、よくわからないのですが」
「そうですよね。私もよくわかりません。おそらく、ご主人もよくわからないと思います。だから、ごめんなさいとしか書けなかったのでしょう」
「そうですか」
「すいません。私が答えられるのはここまでです。あまり参考にならないとは思いますが」
「いえ、いいんです。ありがとうございます。もう、いいんです……」

そう言って彼女は立ち上がり、料金をテーブルに置いて帰っていった。その後ろ姿は力なく、何とも頼りなかった。しかし、帰り際の彼女にかける言葉は、零美には残っていなかった。悔しかったのだが、本当に何も残っていなかったのだ。

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