子どもの頃からいつも、皆藤美和子の隣には須藤祐太郎がいた。幼馴染みの二人は、幼稚園から高校まで、ずっと同じ学校だった。
幼稚園の時、美和子は祐太郎に言った。「大きくなったら祐太郎くんのお嫁さんになる」と。祐太郎は恥ずかしそうに「……うん」と答えた。
祐太郎は中学からギターを習い始めた。美和子は中学から詩を書き始めた。美和子の詩に祐太郎が曲を作り、文化祭の時に初めてみんなの前で発表した。緊張したが、みんなが喜んでくれた。ユー&ミーの誕生だった。
高校卒業後、二人はメジャーデビューを目指してストリートライブを始めた。動画投稿サイトにもオリジナルの曲を投稿し、少しずつ認知されるようになっていた。そしてついに、大物プロデューサーの加賀恭司の目に留まり、メジャーデビューすることになった。
「だけど、美和子がソロだよ」
それがメジャーデビューの条件だった。加賀の曲は、出せばミリオンセラー間違いなしと言われている。
「良い話だよ。このチャンス、絶対逃しちゃだめだ」
祐太郎の言葉に、美和子は「……うん」と答えた。今までずっと二人でやってきたのに、自分だけがメジャーデビューする。美和子は複雑な感情を抱えたまま、デビューすることになった。
デビューした美和子は、一躍トップアーティストの仲間入りをすることに。沖縄生まれの母に似て美形と言うこともあり、瞬く間に人気者になっていった。
しかし、忙しくなればなるほど、美和子は疑問を抱えるようになっていく。そして、悩んだ時はいつも、祐太郎に話を聞いてもらった。
「すごい人気だよ。美和子はもう、雲の上の人だ」
「だけど、私は何か違う気がする」
「違うって、何が?」
「MIWAKOってキャラクターを演じているって言うか、自分じゃない何かに操られている感じ……」
この頃の祐太郎は、アルバイトをしながらストリートライブを続けていた。メジャーデビューした美和子のことを羨ましく思いながらも、彼女が本当にやりたい音楽じゃないことを可哀想にも思っていた。
「そうだね。美和子が歌いたい歌じゃないもんね」
「うん……。だけど、売れる歌を歌わないと。仕事なんだもん」
悲しそうに俯く美和子を、抱きしめたいと思う祐太郎。しかし、祐太郎にそんな勇気はない。アルバイトをしながらの売れないミュージシャンでは、トップアーティストのMIWAKOと釣り合うわけがない。祐太郎は両手に力を入れて、衝動を抑え込んだ。
ある日、美和子は、仲良しのスタッフに教えてもらった零美の店を訪れた。帽子を目深に被り、サングラスをして変装しても、有名人のオーラは滲み出ていた。
「美和子さん、毎日忙しくて嬉しい悲鳴じゃないですか?」
「はい。本当は私、縛られたくない性格なので、忙しいのはあまり好きじゃないんです」
「じゃあ、お仕事が辛い、ということですか?」
「仕事は仕事なので、やりたくないことでもやらなくちゃとは思うんですけど……」
「他に悩みが?」
「実は、好きな人がいて、その人との相性がどうなのかなあって思って」
「では、その人との相性を観てみましょう」
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零美は二人の命式を出して並べた。
「お二人とも芸術的感性が似ていますね」
「ああ、そうですね。そう思います」
「あなたが陽、彼が陰。男女反対になりますが、陽と陰でバランスが取れています。あなたは知が主体で彼は情が主体。あなたがリードする形です」
「私がリードする?」
「はい。彼は内面が女性的で繊細です。だから、あなたが守ってあげなくちゃいけませんね」
「確かに、私が守ってあげたいと思う人です」
美和子は、零美の言葉で確信を強めた。迷っていた心を定めてもらった美和子は、零美に何度もお礼を言って店を出た。
数か月後、残りのスケジュールをこなした後、美和子は事務所を辞めた。その足で向かった先は、祐太郎のアパートだった。ノックをすると、祐太郎がドアを開けた。
「どうしたの、突然に?」
「いきなりでごめん。今、事務所辞めてきた」
「えっ? どうして?」
「加賀さんの歌を歌うだけなら、私じゃなくても出来る。私は、私にしか出来ない音楽がやりたい」
「それは、どんな?」
「祐太郎くんの作った曲に、私が詩を書く。その歌を歌いたい」
「えっ?」
「ユー&ミーでやりたい」
「でも、売れるかどうかわからないよ」
「大丈夫。絶対売れる自信がある。私に任せて」
「……うーん」
「だけど、私がリーダーだよ」
「リーダー?」
「占いの先生がそう言ってた」
「占い?」
「うん。私が君を守ってあげる」
そう言って美和子は、玄関先で祐太郎に抱きついた。戸惑う祐太郎に、美和子はこう言った。
「私が祐太郎くんのお嫁さんになってあげる。でも、私がリーダーだからね」
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