第84話「夫と妻と息子の関係」

 藤田利彦は苛立ちを覚えていた。せっかくの日曜なのに、朝早く起こされたからだ。妻の美樹曰く、「久しぶりの良い天気だから、布団を干したいの」と。今日じゃなくても良いのではないか。布団干さなくても死にはしないのに。

 そんなことを言いたいのだが、利彦には言えない。一言言えば、その数百倍の言葉が返ってくる。それを聞くのも疲れるので、渋々妻の言葉に従う利彦なのだ。

「あなた。たまの休みくらい、和也の面倒みてくれないかなあ」
「えっ?」
「私、美容院に行きたいの。わかるでしょ?」
「あ、ああ……」

 大きな瞳で「わかるでしょ?」と言われたら、まるで蛇に睨まれた蛙だ。この前も行ったような気がするが、そんなことは言えない。「わかったよ」と小声で言い、利彦は和也をベビーカーに乗せて外に出た。

 最近帰りが遅かった利彦は、確かに疲れてはいたが、和也の顔を見ると元気になる。美樹だって、毎日遊んでいるわけではない。家事と育児をこなすのは、想像以上に大変だろう。たまには息抜きさせてやるのも妻孝行だ。

 それに、結婚して五年目、やっと授かった子どもだったので、嬉しくてたまらないというのもある。今までは、同年代の人たちが子ども連れで歩いているのが羨ましかった。同い年の美樹とは、三十二歳で結婚した。

 結婚が遅かったこともあり、早く子どもが欲しいと願ったのだが、そう簡単ではなかった。病院で調べてもらうと、利彦の精子の数が少なく、運動率も低かったのだ。その後、漢方薬を飲んだり運動をしたり、神頼みもしながら、やっと授かったのである。

「見てください。うちの子、可愛いでしょ?」と言って歩きたいぐらいだったが、かつての自分のように、不妊に悩む人たちもいるかも知れないと思い、出来るだけ目立たないように歩いた。

 しばらく歩いていると、【よろずお悩み解決所】の文字が目に入った。なんとなく誘われるままに、利彦はドアを開けて声をかけた。

「こんにちは」
「はーい」

 出てきたのは、清楚な美人である。いつも、恐い妻しか目にしていない利彦は、穏やかな眼差しで見つめてくれる零美に、思わず胸が高鳴った。

「あ、あの……。こちらは、占いをしてくれる……」
「はい、そうです。鑑定希望の方ですか?」
「はい。予約していないのですが……」
「よろしいですよ。どうぞ」

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 寝ている和也を起こさないように、ベビーカーで段差を乗り越えた。ソファーの隣にベビーカーを置き、緊張した面持ちで零美を待つ。

 コーヒーを出されて「ありがとうございます」と軽くお辞儀をした。いつもインスタントしか飲まない利彦には、淹れたてのコーヒーの香りが贅沢に感じられた。

「お客様の気になることは何でしょうか?」
「あっ……。あの、私と妻の相性と、子どもの将来がどうかなあと思いまして……」
「わかりました。では、こちらの紙に皆様のお名前と生年月日を書いてください」

 言われた通り、三人の名前と生年月日を書いた利彦は、「これです」と言って零美に手渡した。それを基にしてそれぞれの命式を出した零美は、テーブルに並べて置いた。

「こちらが皆様の命式になります」
「はい」
「ご夫婦の相性ですが、奥様が水の性質でご主人が火なんですね」
「はい」
「水は火を消しますよね。ですから、奥様の何気ない言動が、ご主人のやる気を消してしまうことがあると」
「ああ、そうですねえ。まさにその通りです」

 利彦はうんうんと頷いた。まさに、水と油ならぬ水と火だったのだ。何か新しいことをやろうとすると、いつもケチをつけられる。「うまくいきっこない」とか「どうせ長続きしない」とか。妻なら、夫をやる気にさせるのが内助の功だろう。そう言いたいが、絶対に言えない。

「奥様は感情が行動の出発で、ご主人は思考が行動の出発になります。その点においても、全く正反対ですね」
「確かに……」

 確かに美樹は、感情の表現が自由だ。感じたままぶつけてくる。それをまともに受け止めたら喧嘩になるので、利彦はそーっとその場を離れるのだ。

「ですが、奥様が財運と社会運を持っているので、ご主人は助かっているのです。ご主人は理想に生きる人ですから」
「……」

 それに対しては、利彦は何も言えなかった。美樹の実家は財産家であり、彼女自身も高給取りである。一方の利彦は、安月給のしがないサラリーマンだ。借金も義父に返してもらった。文句なんて言えた義理ではない。

 三人兄弟の末っ子ということもあり、婿養子に入った利彦に出来ることは、藤田家の立派な跡継ぎを残すことだ。女系の家で男子をもうけることは、何よりも大事なことだ。自分は立派に責任を果たした。利彦はそう自負していた。

「そして、和也くんですが、和也くんもまた、ご主人を助けているんです」
「えっ? 和也が僕を?」
「はい」

 利彦は驚いた。確かに和也のお陰で、少しは肩の荷が下りたのは事実なわけで。そういう意味では助けてもらったと思う。それに、和也が生まれて美樹の感情が穏やかになった気もするし。利彦は、頭の中でいろいろと思いを巡らせていた。

「和也くんは木の生まれです。和也くんが、水の奥様と火のご主人の間に入ることで、二人の関係がスムーズにいくのです。水は木を助け、木は火を興します。和也くんはお母さんに助けられ、お父さんを助けるようになります」
「なるほど。そういう関係なんですね」
「しかも彼は、お父さんお母さんの良いところを受け継いでいます。知的であり、財運や社会運にも恵まれています。さらにはかなり強い運を持っていますので、将来は大きな仕事をすることでしょう」

 利彦は、満面の笑みで和也を見た。この子のお陰で、これからも妻と何とかやっていけそうだ。ありがとう。そんな思いで見つめていると、寝ていた和也が笑ったように見えた。

 深々とお辞儀をした後、利彦は零美にお礼を言って店を出た。外の景色が何故か生き生きとして見える。なんだか体が軽い。この子と一緒なら、もう美樹も怖くないような気になってきた。

 自宅に戻ると、パーマをかけた美樹が一段と綺麗に見えた。「綺麗になったね」と自然に言葉が出た。「ありがとう」と笑う美樹が、利彦にはなんだか愛おしく思えた。

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投稿日:2019年2月4日 更新日:

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