第85話「婚活で出会った女」

 SNSのメッセージが、坪井拓郎の携帯に着信した。「誰だろう?」と確認すると、最近知り合って付き合い始めた中村知佳だった。大事な会議中に返信するわけにもいかない。どうでもいい話を度々送ってくる知佳に、拓郎はうんざりしていた。

 一時間後、会議が終わってすぐに返信すると「遅いじゃない!」と怒りのメッセージが返ってきた。事情の説明と謝罪のメッセージを長々と書いて送るが、彼女が送ってくる文面の端々には怒りの感情が込められている。「まいったなあ」とため息をつく拓郎だった。

 営業部でそれなりの成果を出していた拓郎は、顧客のアフターフォローで忙しかった。そのお陰で、知佳と会う機会はなかなか取れない。しかし、彼女はそんな拓郎の事情を理解してくれるような女性ではなかった。

「私のことなんてどうでも良いんでしょ!」

 この言葉を筆頭に、攻撃的な文章が次々と送られてくる。面倒くさくなった拓郎は、メッセージを開かずにスルーすることにした。連絡が途絶えれば、自然と別れてくれるだろう。そう思ったのだが、これが彼女の怒りに油を注ぐことになってしまう。

 何度も送られてくる知佳からのメッセージ。しかし、もう別れたいと思っていた拓郎は、それを見ようとはしなかった。いつまでも既読にならないメッセージ。その数が増えるにつれ、知佳の怒りは増していく。そしてついに、彼女の復讐が始まった。

「真剣に結婚を考えていると、あなたを信じていたのに。だからあの夜、あなたに体を許したのに。それなのに、もう別れるって言うの? 私のことは、体だけが目当てだったんでしょ? 遊びだったんでしょ? 私は、恋人でもない他人に強引にレイプされたのよ!」

 ベッドに寝転んでいた拓郎は、無機質な文字に込められた怨念に慄いて、思わず飛び起きた。「恋人でもない他人」「強引にレイプされた」その言葉の意味が、拓郎には理解できなかった。冷静になって、あの日の夜のことを考えてみる。

 もともと二人は、結婚相手を探す婚活パーティーで出会い、意気投合してデートを重ねるようになった。恥ずかしがり屋の拓郎は、自分から「付き合おう」と言ったことはなかった。

 知佳も「私たち、付き合っているよね?」と確認したことはなかったが、婚活パーティーで出会ったのだから、もう恋人同士だろうと拓郎は思っていた。

 知佳の誕生日を祝うために、拓郎は高級ホテルで一緒に過ごそうと言って部屋を予約した。サラリーマンの彼には不相応の高い部屋だったが、男女の仲になるチャンスと思って奮発したのである。

 ディナーで盛り上がり、終始機嫌が良かった知佳は、少しお酒を飲み過ぎたようだった。すっかり酔っ払ってしまった彼女を支えながら、何とかホテルの部屋までたどり着いた。

 部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ知佳は、静かに寝息を立て始めた。当初の筋書きとは違ったが、ベッドで横になっている彼女に恐る恐る触れてみた。その手は段々と柔らかい場所へ移動するが、嫌がる様子はない。

 キスをしてみるが、露骨に拒否する様子もない。もうこれはOKなのかと思った。決して「してもいいの?」と確認をしたわけではない。しかし、三十三歳の拓郎と三十一歳の知佳、それぞれにもう大人だし、拓郎は経験ありで、知佳もおそらくそうだろう。

 何より、ホテルの部屋に入った時点で、こうなることは覚悟していたはずだ。拓郎は同意の確認もないまま、自己解釈で事に及ぶことにした。その最中、彼女が「嫌っ」と反応したのだが、拓郎は「本当に嫌ならもっと拒否するはず」と判断し、最後までやり遂げた。

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 そのまま一緒に朝を迎えた二人。これで心も体も一つになったので、交際は上手くいく、そう拓郎は思っていた。しかし、この日を境に、知佳の態度が変わり始めたのだ。

 常に居場所を把握しないと気が済まない。SNSだけでなく、電話も毎日かけてくる。束縛がきつくなってきた知佳を、拓郎は次第に疎ましく感じていった。

 そして、彼女の狂気は牙をむき、「レイプされた」と言い出したのだ。もし別れるなら、実家の親だけでなく、会社の上司にも無理やり暴行されたと告げるという。

 確かに、彼女の同意を得ずに行なってしまったので、反論の余地はない。例え恋人同士でもレイプはあり得るのに、まだ恋人ではなかったと言われてしまってはどうしようもない。

 今まで築いてきた会社での信用を失い、仕舞いには辞めないといけなくなるかも。長々と書かれた文章を目にしながら、拓郎はお先真っ暗の状態だった。

 翌日になって拓郎は、同僚の女子社員から聞いた零美の店にやってきた。少しでも良い知恵を与えてほしい、藁にも縋る思いだったのだ。とにかく拓郎は、今までの経緯を包み隠さず詳細に語った。

「彼女は徹底的にやるつもりだと思います」
「……そうですか」

 確かに、知佳ならやりかねない、拓郎はそう思った。

「彼女は、言う事を聞く人には何でもしてあげたいのですが、歯向かう人には容赦しないんです。徹底的に潰そうとします」
「やっぱり……」
「とりあえずは、今は別れるのは諦めて、付き合っていくのがベストじゃないかなと思います。圧倒的にあなたの方が不利なわけですからね」

 確かにそうだ。正式に付き合おうとも言ってなかったし、同意を得ての性交渉ではなかった。自分勝手な解釈でやってしまったことなので、責任はとらないといけない。拓郎は自分を納得させた。

「彼女は生命力が強いので、妻や母としては頼もしい人ですよ。生活力があると言いますかね。家庭を守るには生活力が必要ですから、そういう意味では結婚相手としては良いと思います」
「まあ、私が弱い男ですから、彼女くらい強い女性の方がありがたいかも知れませんね。ははは」

 拓郎の乾いた笑い声が、店内にこだました。何とか覚悟を決めた拓郎は、お礼を言って店を出た。「意外にあいつ、あげまんになるかも知れない」心の中で呟きながら、これからの未来は良くなるはずだと自分に言い聞かせていた。

 その後、拓郎は知佳との交際を続けた。出来るだけ、彼女の願いに沿うように気をつけながら。そして、一年の付き合いを経て二人は結婚。零美の言った通り、強い知佳は強運を呼び込み、拓郎は順調に出世していった。

「パパ、皿洗い終わったら洗濯物畳んでおいて。それから、この子をお風呂に入れてね。頼んだわよ」
「はい」

 知佳にあれこれ指図されながら、拓郎は忙しい毎日を送っていた。だが、可愛い娘に恵まれ、意外にも幸せを感じる日々だった。知佳と結婚して良かったと、今は思っている。

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投稿日:2019年2月5日 更新日:

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