第88話「前世の約束」

 三百年に一度、必ず氾濫すると言われている大市川。源之助とおりんは、松の木にしがみついていたが、もうすぐ力尽きようとしていた。

「源之助さん。あたしはもう限界だ」
「おりんちゃん、頑張れ! 絶対に手を離すなよ!」
「源之助さん。もし生まれ変わったら、今度こそ一緒になってね」
「ああ、もちろんだ!」

 源之助とおりんの家は、父親同士が仲が悪かった。好き合っていた二人だったが、どうしても結婚は許してもらえなかった。

 二人で駆け落ちをしようかと川辺の近くにいたところ、運悪く大市川の氾濫が起こったのだ。

「生まれ変わった時、お互いのことを見つけられるかしら?」
「二十歳になったら僕が見つける。絶対におりんちゃんを見つけるから!」

 その時、「あーーーーっ」と叫びながら、おりんが川に流された。「おりんちゃーーーん!」と叫ぶ源之助の声は、濁流の轟音にかき消されていく。

 おりんを失くし、生きる希望を失った源之助は、しがみついていた手を静かに離した。閉じた目から涙を流しながら、源之助はそのまま濁流に飲み込まれていった。

 土曜の午後、一人の女性が零美の店にやってきた。どこか古風な感じで、化粧は薄くすっぴんに近かったが、ガラス細工のような気品と美しさがあった。

「あの、私は伊東鈴音と言います。予約していないのですが……」
「構いませんよ。どうぞ、あちらの席にお座りください」

 鈴音が待っていると、コーヒーを持って零美が席に着いた。「どうぞ」と出されたコーヒーを「ありがとうございます」と受け取った鈴音は、一口飲んで「おいしいです」と言って微笑んだ。

「伊東さんの気になることは何ですか?」
「あのー、最近同じ夢ばかり見まして。どうしてなのかなあって思いまして」
「どんな夢なんですか?」
「川に流される夢です。私はおりんと言う名前になっていて、一緒にいる男性が源之助と言う人で、どうやら二人は恋人同士のようで」
「前世の記憶、ですかね?」
「私も、もしかしたらそうなのかなあって思ったんです。その男性が、二十歳になったら僕が見つけるからって言って。そのまま流されていくんですけど……」
「今はおいくつなんですか?」
「今日が二十歳の誕生日なんです」
「えっ、今日が? じゃあ、もしかしたらその男性が現れるかも?」
「まあ、私もそんな期待をしたりしているんですけど。でも、本当に前世なんてあるのか信じられないっていう気持ちもあったりして……」
「そうですよねえ」

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 特定の宗教を信じているわけではない零美は、前世や生まれ変わりなどはよくわからなかった。霊が視えるからと言って、あの世のことがわかるわけではない。もしかしたら、義母の加賀美志保ならわかるかも知れない。

 よく、三途の川のほとりまで行ったが、呼び戻されて戻ってきたという人の話を聞く。それはあり得ることだとしても、生まれ変わりまではどうだろう。そんな考えをいろいろと巡らせていると、入り口のドアが開いた。

「ごめんください」

 その呼びかけに「はーい」と応えた零美が行ってみると、一人の男性が立っていた。大きな旅行カバンを持っていた彼は、爽やかな笑顔でこう尋ねた。

「あのー、私は成田源太と言いますが、こちらにおりんさんって方はいらっしゃいますか?」
「えっ? おりんさん?」

 さっき聞いた、夢の中で川に流された女性の名前が、確かおりんだったような……。おりん……。おりん……。おりん……。

 もしかして、伊東鈴音さんの鈴音という名前は、鈴の音がりんりんなるから「おりん」。源太さんは「源之助」から来た名前。だとすると……。しばらく思案した後、零美は源太にこんな質問をした。

「あなたはおりんさんとどういう関係ですか?」
「自分でもよくわからないのですが、おりんさんと前世で恋人だったみたいで」
「えっ?」
「最近、同じ夢ばかり見るんです。江戸時代ぐらいの夢ですかね。川で流される夢。その時一緒に流されたのがおりんさんで、二十歳になったら見つけるからと。普段は新潟県に住んでいるのですが、何故か今日、ここに引き寄せられて来たんです」

 新潟からピンポイントでここに来るなんて……。しかも、今日ここに彼女が来るなんて、知らなかっただろうに……。何という偶然。いや、必然なのか? 零美は源太に、恐る恐る聞いてみた。

「あのー、おりんさんって人、顔を見ればわかります?」
「たぶん、わかると思います。その人がおりんさんなら」

 そこまで言うならと、零美は彼女に会わせることにした。「どうぞ、こちらへ」と誘導し、彼女の前の席に座らせた。突然現れた男性に鈴音は驚いたが、自然と顔が緩んで微笑んだ。

「どうですか? お二人とも、お目当てのおりんさんと源之助さんでしたか?」

 零美の言葉は耳に入らないのか、二人は黙って見つめ合っていた。しかし、いつの間にかしっかりと繋がれていた二人の手を見た零美は、彼らがようやく後世で出会えたことを確信した。

「どうやら私は、お邪魔なようで……」

 そう言って零美は、静かに奥に引っ込んでいった。

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投稿日:2019年2月8日 更新日:

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