第96話「娘を溺愛した男」

「先生にも、自分の命よりも大切な人がいるでしょ?」と、村西誠也が零美に尋ねた。「確かに」と零美は答えた。彼女にとって自分の命より大切なのは、娘の和美だ。

 今は猫の姿になってしまったが、もし和美が生き返るのなら、自分が死んでも良い。夫の和彦も、心から愛する人に違いないが、より強く思うのは夫よりも我が子である。

「それがね、娘の鈴音だったんですよ」

 村西が四十を過ぎてから結婚した時は、三回目だった。一回目は二十五の時。相手は中学の同級生だった。同窓会で久しぶりに出会って意気投合し、酔った勢いで肉体関係へ。出来ちゃった結婚である。

 お互い若かったこともあり、夫婦喧嘩は絶えなかった。口うるさい妻の口撃に、短気な村西はすぐに手が出てしまう。妻は息子を連れて、実家に帰ってしまった。

 二回目は三十二の時。三十を過ぎて落ち着いてきたこともあって、同じ過ちは繰り返さないようにした。人生経験が豊富そうな、五歳年上の女性と結婚した。しかも、彼女は三人の子持ちだった。

 一度に三人の父親になった村西は、それまで以上に一生懸命に働いた。六歳、四歳、二歳の娘たちも、村西によく懐いてくれて、毎日が楽しかった。

 しかし、二番目の妻は男癖が悪かった。毎日のように男と交わっていないと、満足出来ない女だったのだ。

 ある日、出張に行っていた村西が予定より早く帰宅したところ、知らない若い男が妻と布団の中にいた。そういう男が一人や二人ではないと告げられた村西は、もう妻として見ることが出来なくなり、二度目の離婚をしたのだ。

Sponsered Link



 その後、女性を信じられなくなってしまった村西だったが、最後に出会ったのが新藤まゆみである。長年勤めた会社を辞め、独立して自分の会社を立ち上げていた村西の元に、保険外交員として訪ねてきたのがまゆみだった。

 美人で明るいまゆみが来るのを、従業員たちも楽しみにしていた。強引に契約を勧めるわけでもなく、従業員たちの愚痴や相談に乗っている場面を見ているうちに、彼女がどんどん気になる存在になっていった。

 その後、自然な流れで付き合うようになり、二人は結婚。そして生まれたのが娘の鈴音である。年をとってから授かった娘なので、今まで以上に溺愛し、まさに目に入れても痛くないほどだったのである。

 鈴音が生まれてから、ビデオカメラが手放せなくなった。初めての寝返り、初めての立っち、初めてのあんよ、初めてのおしゃべり。成長するにつれて、その記録を残していく。

 幼稚園入園、小学校入学、中学校入学と、背が高くなるにつれて、妻に似て綺麗になっていく鈴音。「この子のためなら死んでも良い」村西は、鈴音を心から愛していた。

「ところがね、本当に死んじゃいましてね」

 零美の前に座っていたのは、体のない村西だった。つい最近、マンションから転落したのだ。

「娘が中学に入ってから、いろいろと友人関係で悩み始めまして、心配していたんです。それで、あの日、マンションのベランダから飛び降りようとしていたので、慌てて止めようとしたら自分が落ちてしまったんです」
「そうでしたか……」

 娘は助かったから良かったが、もう娘の成長を一緒に見届けることは出来ない。零美は、そんな村西が可哀想で仕方なかった。

「まあでも、娘が死ななくて本当に良かったです。今日は話を聞いてくれて、どうもありがとうございました」

 突然やってきた村西は、零美に話を聞いてもらって満足したのか、すーっと静かに消えていった。そして零美は、彼が座っていた場所を、しばらくぼーっと眺めていた。

 慌ただしく葬儀を終えたまゆみと鈴音は、足を伸ばしてゆっくりとしていた。

「でも本当に、あの人は鈴音のことを愛してくれたよね。こんなに大金を残してくれてね」
「うん。でもお母さん、危うく私も突き落としそうになったでしょ。危なかったんだから」
「ごめんごめん」
「もしかしたら、私にも保険金かけているんじゃない?」
「そりゃ、あんたにもかけているけど、あんたは殺さないよ。次に狙うのは、あんたの旦那になる人だね」

 高笑いするまゆみと鈴音。しかし彼女たちは、その話を部屋の隅で村西が聞いていることに気がつかなかった。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:2019年2月16日 更新日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)


  • 4現在の記事:
  • 78740総閲覧数:
  • 6今日の閲覧数:
  • 236昨日の閲覧数:
  • 1031先週の閲覧数:
  • 2273月別閲覧数:
  • 46872総訪問者数:
  • 6今日の訪問者数:
  • 139昨日の訪問者数:
  • 814先週の訪問者数:
  • 1576月別訪問者数:
  • 115一日あたりの訪問者数:
  • 2現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: