懐かしい後ろ姿

夕暮れ時の最寄り駅は、学校帰りと仕事帰りの人たちでごった返していた。
あいにくの雨が降って、クリスマスにはまだ早いのに、待ち合わせのカップルなどもいたりした。
私は仕事を定時で終わり、「早く帰る」と約束してくれた彼のため、どんな美味しい料理を作ろうかと考えながら歩いていた。

ふと頭を上げると、ベージュのコートを着た男性が目に入った。

「あっ……」

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思いがけず声が漏れた。私にとっては忘れる事の出来ないコートだった。
二年前の冬を最後に、今日まで見る事もなかった懐かしいコートだった。
あまりにも懐かしく、愛おしいその後ろ姿に、私の胸は激しく高鳴った。

早足で改札を抜けていくその姿は、間違いなく「あの人」だ。

出来るなら、追いかけて声を掛け、私はこんなに元気だよと知らせたかったが、懐かしいという思いの前に蘇ったのは、別の道を行かなければならなくなった辛い思い出だった。今の私には、彼に伝える言葉が見つからない。

あなたは「結婚しよう」と言ってくれた。私に、仕事を辞めて家庭に入ってくれる事を望んでいた。
けれど、私はどうしても仕事を辞めたくなかった。あなたの事は大好きだったけれど、苦労してやっと叶えた夢を捨てるなんて出来なかった。

何度も何度も話し合ったけれど、いつも平行線だった。私はあなたの事を愛していたけれど、どうしても夢を諦める事は出来ず、私たちは別々の道を歩く事になったのだ。

私たちは今、同じ空間にいる。あなたは向かいの看板を見ているが、その眼差しは以前のように輝いては見えなかった。あなたと別れてから私は、髪を切らずに伸ばし続けてきた。ショートが好きなあなたは、この髪を見たら何て言うだろう。

ここで声を掛けなかったら、きっと私に気づかない。もしあなたと話をしたら、私の気持ちはどうなるのだろうか。そして、あなたは私を見つけたらどうするのだろう。とても気になるけれど……。

電車が到着した。あなたとは距離をとって私も乗った。今思えば、あなたは私を本当に愛してくれていた。誰よりも私の事を愛してくれていた。私のわがままも笑って聞いてくれた。あなた以上に私を愛してくれた人はいなかった。

あなたを見つめていると、一滴の涙が零れそうになった。それを私は必死に堪えていた。だけどあなたは、私の心を知る事もない。

電車は駅に到着した。あなたが降りた駅は私の駅と同じだった。だけど、あなたと会う事はもうないと思う。雪崩のように人が流れていく。あなたの後ろ姿が消えていく。その残像が目に焼きついて、私の心に哀しく残る…。

改札を出てみると、空はもう晴れて、美しい夕焼けが街を染めていた。

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