【ほら、紫陽花(あじさい)だって泣いているよ】
雨に濡れた紫陽花を見ながら、心の中の私が叫ぶ。この紫陽花は、私の心に共鳴して泣いているのか。私を可哀想に思って泣いているのか。
「ごめん……」
【ごめん? ごめんって何さ? 何であなたが謝るの? 謝らないでよ。私がみじめになるじゃない。良いんだよ、私の事なんて気にしなくたって】
ごめんの後の言葉が見つからないあなた。心の中の私は強がってみせるけど、実際の私は、黙って下を向いたまま。弱い女になってしまう。本当は笑顔で別れたいのに……。
【もう、私なんか気にしなくて良いからさ。さっさと彼女のところに行きなさいよ。あそこで待ってるじゃない】
遠くに見える赤い傘。その傘は顔だけを隠して、白いワンピースと赤いスカートを私に見せつけている。
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「本当にごめん……」
【だから、本当にごめんって何さ? 頼むから謝らないでよ。私を可哀想に思わないで。あなたと別れたって平気なんだから。すぐに立ち直って、もっと良い人見つけるんだから】
心の中の私は、全然素直じゃない。本当は、辛くて辛くて仕方ないのに……。あなたと別れたくないのに……。「やっぱり君の方が良い」って、言ってほしいのに……。
こんな天邪鬼(あまのじゃく)の私なんか嫌だよね。本当は弱いのに素直になれない。変なプライドが邪魔をして、つい強がってしまう。男の人は、もっと甘え上手な女が好きなんだってわかるけど、甘えられないんだよなあ……。
【もう行けば、彼女のところに。あんまり濡れると風邪引くよ。私は良いの、濡れたって。涙が流れているのを知られたくないから、雨に打たれていたいのよ】
本当は、ずっとこうしていたいのに……。あなたに抱きしめてもらいたいのに……。でも、そんな事は言えない。絶対に言えない。私のプライドが許さないから……。
【フラれたって思いたくない。自分から身を引いた事にさせて。彼女にあなたを譲(ゆず)った事にさせてよ。私の方が彼女より年上なんだし。大人の女として扱って】
見た目も中身も、彼女の方が私より上だ。だから、あなたが彼女を選んだ事は納得できる。あなたが悪いんじゃない。私が悪いんだ。私がもっと素敵な女だったら、きっとあなたを苦しませなかったはず……。だから、もう、私の事は気にしないで……。
「もう、行って。彼女が待っているから……。お幸せにね……」
そう言って私は、後ろを振り向いて走りだした。「ヒールじゃなくて良かった」走る事なんて想定していなかったけど、結果的に走りやすい靴で良かった。本当はゆっくり歩くほうが格好良いのかも知れないけど、恰好良くなくたって良い。走りたかったんだ。走ればきっと、あなたへの想いを断ち切れる。そう思うから。……うっううう。
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