メグ、君と離れ離れになって、幾日が過ぎただろうか?
見渡す限りの水平線。僕は寝転がって夜空を見上げる。月は満ち欠けを繰り返し、星は生まれては消えていく。メグ、君もこの空を見ているのだろうか?
そう言えば、いつか一緒に夜空を眺めた事があったね。覚えているかい? あれは、僕が十九歳で君が十二歳の夏だった。君のお父さんのレストランで働き始めたばかりだった僕は、厳しい料理人の修行で心が折れそうになっていた。
仕事を終えて、みんなが寝静まった頃、こっそり抜け出して夜空を眺めていたんだけど、ある日ふと横を見ると、君が僕の隣で寝転がっていたよね。僕が思わず「メグちゃん、どうしたの?」って聞くと、君は「リュウジさんが悲しそうだったから」って言って、笑ってくれた。
上から覗き込む君の顔。今でも思い出すよ。長くて、少しくせのある髪が、僕の頬を優しく撫でた。じっと見つめる君の瞳。長いまつ毛に誘惑されて、今にも吸い込まれそうになった。あの日から僕は、君に恋をしてしまったんだ。
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君のお兄さんのタクヤさんは、僕の一つ上の先輩であり、良き友人でもある。将来は、長く続いた宝生家(ほうしょうけ)の跡取りとして、お父さんの後を継ぐべき人。僕はタクヤさんを助けるために、料理の修行に出る事に決めた。
メグ、世界は広いよ。こうして世界中を旅してみると、いろんな料理がある。アジアから北米、南米、アフリカ大陸、ヨーロッパと渡り歩き、多くの事を学んだ。
タクヤさんには、類い稀な商売の才能がある。そして君のお父さんは、僕の料理の才能を見抜いてくれた。みんなの期待を裏切るわけにはいかない。だから、簡単には帰れないんだ。
いつも、励ましのメッセージを送ってくれてありがとう。そして、二十二歳の誕生日、おめでとう。君の「いつまでも待ってるから」の言葉が、僕の弱気な心を奮い立たせてくれる。写真、ありがとう。髪型変えたんだね。よく似合っているよ。
メグ、もうすぐだ。もうすぐ帰れると思うから、もう少し、我慢してくれないか? 帰ったら、昔みたいに二人で夜空を見上げよう。今夜も、君を想いながら眠るとするよ。おやすみ、メグ。心から愛している。 遠いスイスの地から リュウジより。
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