過去からの旅立ち

 くねくねと曲がりくねった山道を、ゆっくりゆっくり運転する美津子。国道とは言え、田舎の山道は道幅が狭く運転しづらい。道の両端には背の高い木々が生い茂り、彼らが暑い太陽を遮ってくれるおかげで、エアコンをつけなくても窓から入る風が心地良い。

 通勤時間帯でもない限り、この時間帯には滅多に車の往来もない。美津子は、車の窓という窓を全開にすると、長い髪を風に遊ばせながら、自然のマイナスイオンを全身で受け止めていた。「あー、気持ち良いわー。こんな時って、気持ち良いって言葉しか出てこないわね」一人しかいない車内で、大声で独り言を呟くと、自然と笑みがこぼれた。

 自分の口角が上がっている事に気づいた美津子は、ふと思った。「笑うなんて、ずいぶん久しぶりのような気がする」そして、どうして笑わなくなったのかを考えた。思いつくのは、健太郎の言葉。

 「美津子って笑うとさ、しわが増えるよね」

 何気ない健太郎の言葉が、美津子の胸に突き刺さる。毎日鏡に向かう度に、自らの老いを実感する彼女にとって、しわが増えるなんて呪いの言葉でしかなかった。笑うとしわが増えるし、怒ってもしわが増える。しわのない顔を維持するために感情表現をしない、それが美津子の普通になった。

 五歳下の健太郎と出会ったのは、三年前の事。一流大学出身で高身長のうえ、アイドル顔の彼は瞬く間に社内の女性たちの間で噂になった。そんな健太郎の教育係になった美津子。一緒にいる時間が増えるにつれて、二人の距離は徐々に縮まっていく。

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 ある日、二人で飲みに行った時に「ずっと好きでしたが、俺じゃだめですか?」と告白された。年齢差にとまどいを感じながらも付き合う事を了承したのは、ちょうど片想いの恋が終わって心に穴が開いた状態だった事と、頭が良くて顔も良い事に加えて、仕事が出来て上司の信頼も厚い事から、将来の幹部候補という噂が大きかった事は否めない。

 美津子にとって健太郎は、眩しすぎる存在だった。年齢や地位に関係なく、誰に対しても臆せず堂々と自分の意見が言える。一方、何の取り柄もなく、胸が大きすぎる事でからかわれてきた彼女。おまけに優秀な姉に比較されて育たったために、自信がなくマイナス思考の自分が嫌でたまらなかった。

 そんな彼女にとって健太郎は、自分を変えてくれる存在に思えた。彼と一緒にいれば、自分に自信が持てるようになるかも知れない。酒が入っていたせいもあってか、告白が成功した事を赤ら顔で喜ぶ彼が可愛らしく見えた。

 自信家の健太郎は、黙って俺についてこいというタイプ。最初のうちは先輩の美津子を立てていたが、恋人としての関係が長くなるにつれて、何でも自分で決めていくようになった。ある面、優柔不断な美津子にとっては、彼に決めてもらうほうが楽だった。

 三年目を迎え、会社での信頼を勝ち得ていた彼は、美津子との結婚を意識するようになった。そして彼女に、会社を辞めて一緒に住んでほしいと言い出す。特に仕事に未練がなかった美津子は、彼の言う通りに会社を辞めて彼のマンションに引っ越した。結婚に対しては一抹の不安もあったが、周りの友人たちが次々と結婚、出産をしていく中で、早く自分も追いつきたいという焦りのほうが勝っていたのだ。

 同棲を始めると、その不安の理由がわかってきた。紳士的な彼は、決して暴力を振るったりはしない。乱暴な言葉も使わず、丁寧な言葉を使う。しかし、自分の考えが絶対正しいと考えており、たとえ間違っていたとしても決して間違えを認める事はない。営業成績トップの実力そのままに、理論理屈を並べて美津子を説得するのだ。そんな彼を見ていると、思い出したくない過去が蘇ってくる。

 「全部、あなたのためなのよ」

 それは、幼い頃から母に言われ続けた言葉。自分の理想の娘にするために、がんじがらめに縛ってきたのだ。自らの歪んだ劣等感は、毒親である母のせいだと気づいた時、実家を飛び出して一人暮らしを始めた。そしてまた、彼が母と同じ種類の人間だと悟った彼女は、マンションを飛び出した。

 過ぎ去った日々を懐かしく思いながら車を走らせていると、一台のオープンカーが猛スピードで近づいてきてクラクションを鳴らしている。道を譲ろうと、ウインカーを出して車を路側帯に停めた美津子に、若い男は「ノロノロ走ってんじゃねえよ、おばさん!」と笑いながら言って走り去った。美津子は窓から身を乗り出すと、遠ざかるオープンカーに向かって大声で叫んだ。

 「馬鹿にしないでよ!」

 小さくなっていく前の車を見つめながら、彼女は再び車を走らせる。思わず口から飛び出したその言葉は、昨夜彼に向かって叫んだ言葉と同じ。大声を出したせいか、彼女の心は軽くなった。ずっしりと重かった鎧を道端に捨てた彼女は、新たな人生をスタートしたようだ。

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