懐かしい後ろ姿(改稿版)

 夕暮れ時の最寄り駅。家路を急ぐ人たちでごった返す。冬だと言うのに熱気が漂う。濡れた傘が手に触れて冷たい。人々にはあいにくの雨。でも、乾燥した街は息を吹き返している。

 待ち合わせていた恋人たちが出会う。クリスマスにはまだ早い。そんな事は、愛し合うカップルには関係ない。仕事を定時で終えた私。「今日は早く帰る」と約束してくれた彼。どんな美味しい料理を作ろう。そればかり考えながら歩いていた。

 ふと頭を上げた。その瞬間、ベージュの色が目に入る。

「あっ……」

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 漏れそうになる言葉。慌てて飲み込む。あの色。あの背格好。あの歩き方。あの雰囲気。間違いない。あの人のコートだ。

 忘れたくても忘れられない、あの人……。最後に見たのは二年前の冬。懐かしく愛おしいその後ろ姿。あまりに驚きすぎ、私の心臓が口から出そうになる。

 早足で抜けていく改札。その癖は今も変わらない。それだけで、何故か安堵の溜息が漏れる。

 追いかけたい。声を掛けたい。私だよって知らせたい。勝手に動き出しそうになる右足。それを必死に抑え、「落ち着け」「冷静になれ」と心に言い聞かせる。

 呆然と立ち尽くす私。過ぎた日々が一瞬で蘇る。彼の笑顔。彼の寝顔。彼の怒った顔。彼の哀しそうな顔……。私たちは別々の道を選んだ。

 「結婚しよう」と言ったあなた。仕事を辞めて家庭に入る事を私に望んだ。だけど、私は出来なかった。どうしても仕事を辞められなかった。彼を大好きだった。だけど、やっと叶えた夢を捨てる事は出来なかった。

 何度も何度も二人で話した。けれどいつも平行線。彼の事を愛していた。でも、どうしても夢を諦められない。別々の道を行くしかなかった……。

 今、同じ空間にいる二人。向かいの看板を見ているあなた。その眼差しは昔と違う。あの頃の輝きは見えない。あれから私は髪を伸ばしている。あなたはショートが好きだった。この髪を見て何と言うだろう。

 もしここで声を掛けなければ、きっと私に気づかない。あなたと話をしたなら、私の気持ちはどうなるのか。あなたは私を見つけたらどうするのか。とても気になる……。

 電車がホームに入る。あなたと距離をとって私も乗る。今ならわかる。あなたは私を本当に愛していた。誰よりも私を愛してくれた。私のわがままも許してくれた。あなた以上に私を愛した人はいなかった。

 あなたを見つめる私の瞳に、涙が溜まって仕方がない。それが溢れてしまわないように、必死に堪(こら)えている。そんな私を、あなたに気づいてほしいけど……。

 いつもより早く、電車は駅に到着した。あなたが降りた駅は私と同じ。だけどもう、あなたに会う事はない……。人の流れが雪崩のように見える。それに飲み込まれて、あなたの姿が消えていく。私の目に焼き付いたその残像が、いつか消える日が来るのだろうか……。

 ぐっと奥歯を噛んで改札を出た。雨が上がり、美しい夕焼けが街を染める。まるで私を勇気づけるように……。

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投稿日:2018年8月12日 更新日:

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