忘れられない初恋

 小学校の運動会。結ばれた足を交互に動かしながら、横一列に並んでゴールに倒れ込む。運動神経が鈍い私は、しばらく立てずに倒れたままだった。

【ねえ、そんなに優しくしないで……。好きになっちゃうじゃない……】

 彼の男らしい手が私の目の前に迫っている。転んだ私に「大丈夫?」と笑顔で声をかけてくれる彼。初夏の風が、私の黒髪を無造作に遊ばせている。

「あ、ありがとう、ございます……」

 心の声とは裏腹に、差し出された右手を両手で掴んだ。男らしく、力強く、そして温かい手。初めて触れた彼の手は、思い描いていた通りの手だった。

【その手で髪を撫でて……。良い子だね、よしよし、として……】

 もう私の目には、彼の姿しか映らない。照りつける太陽、青い空、そして眩しすぎるほどの彼の笑顔……。そばにたくさんの人がいるのに、何故か彼の事しか見えない……。

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「ママー!」

 高く大きな声がして、急に現実に引き戻された。声のする方へ顔を向けると、娘の花梨(かりん)が手を振っている。

【だめ、私はあの子の母親。そう、母親であり、人妻なの……。あの人の……】

 花梨の横には、同じように手を振る夫の大輔(だいすけ)が見える。頭が良くて仕事も出来るし、家事も手伝ってくれて子どもとも遊んでくれる。非の打ちどころがない素敵な旦那様。代議士である父の有力な後援者の息子で、将来は父の地盤を引き継いで政治家になる人。

 両親に言われるがまま彼と見合いをし、結婚をして子どもを産んだ。周りの誰もが祝福してくれたし、誰もが喜んでくれる結婚だった。ただ一人、私だけを除いて……。

【私には、好きな人がいる……】

 そんな事、誰にも言えない……。言えるはずない……。

 一人娘である私の人生は、子どもの頃から決まっていた。父と母の期待に応える事、それが私の存在意義だった。代々続く政治家の家系を守るためには、私が婿養子を迎えるしかない……。

 そんな自らの運命を知りながらも、私には抑えきれない恋心があった。二歳年上の哲也(てつや)さんは、近所に住むお兄ちゃんで、私の初恋の人だった……。

 もちろん、告白なんて出来ない。親が決めた相手と結婚する事が義務づけられていた私には、自由な恋愛なんて許されない。ただ黙って、遠くから見つめる事しか出来なかった。

「花梨ちゃん、美奈子ちゃんにそっくりで可愛いね」

 三十を過ぎた今でも、あなたは私を美奈子ちゃんって呼んでくれる。あなたにとって私は、妹のようにしか見えないのね。

 あなたの傍(そば)で笑っているのは、私より一つ年上の真澄(ますみ)先輩。中学時代、テニス部だった私の先輩で、哲也さんはキャプテンだった。その頃から、二人は美男美女のカップルとして有名で、そのまま結婚したのよね……。

 私の初恋の人の奥さん、真澄先輩なら許せると思った。だけど、心の奥底ではやっぱり、私が哲也さんの奥さんになりたかった……。今こうしてあなたに見つめられて、はっきりとわかる。まだ私、あなたの事を忘れられないの……。

 ああ、一度で良いから、あなたに抱かれてみたい……。あなたのその太い腕の中で眠ってみたい……。あなたに、目覚めのキスをしてもらいたい……。

 太陽の光で眩しすぎるあなたの顔に見とれながら、私は一瞬だけ、その映像をイメージしてみた。妄想するだけなら、不倫じゃないよね。そう自分に言い聞かせる……。

【でもだめ。やっぱりだめ。もういい加減忘れなくちゃ……】

 どんなに足掻(あが)いても、人は運命から逃れられない。私の心はいつになったら解放されるのだろう。汗を拭(ふ)くふりをして、零れそうになった涙を手で拭(ぬぐ)った。その瞬間、頬をかすった風が冷たく感じた。強い女にならなくちゃ。私はそう思った。

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