芥川龍之介 小説 独自解釈「疑惑」

引用:青空文庫 芥川龍之介「疑惑」

 芥川龍之介先生の書いた小説「疑惑」について考えてみたいと思います。主人公は「私(わたくし)」で、彼が実践倫理学の講演のために岐阜県の大垣を訪れた時、「先生に相談したい事がある」と言って訪ねてきた40歳くらいの中村玄道(なかむらげんどう)から聞いた話を書いています。

 彼は、20年前の明治24年10月28日に、濃尾《のうび》の大地震《おおじしん》に遭いました。小学校の先生をしていた彼は、結婚2年目の頃でした。妻は校長先生の遠縁で、小夜(さよ)と言います。その日の午前7時頃、妻が台所で食事の支度をしていた時に地震がありました。

 彼は無事でしたが、小夜は下半身を落ちてきた梁(はり)に押されて身動きできない状態でした。苦しむ小夜を助けようとしますが動かす事は出来ません。そのうちに、火が迫ってきました。彼は妻が、生きながら火に焼かれて死んでしまうのだと思いました。

 それはあまりに可哀想だと思った彼は、落ちている瓦を取り上げて、何度も妻の頭へ打ちおろしました。ほとんど町中を焼き尽くした中、生き残った彼は学校の外の仮小屋で炊き出しの握り飯を手に取り、とめどなく涙が流れました。みんなが同情する中、彼は妻を殺した事を言う事が出来ませんでした。

 「生きながら火に焼かれるよりはと思って、私が手にかけて殺して来ました」と言っても、監獄へ送られる事もないでしょう。むしろ、世間は同情してくれたでしょう。しかし、それがどうしても言えなかったのです。

 大地震(おおじしん)があってから一年後、校長が再婚を勧めてきました。それが、今、先生がいるN家の二番目の娘でした。彼はそれを一度辞退しました。ただの教員の自分と資産家のN家では身分が違うし、妻の小夜の面影が離れないからでした。

 それでも、たび重なる校長の説得により一年後の夏には式を挙げる事になりました。その話が決まってから、彼は何をするにも元気がなくなってしまいました。それが二カ月ほど続いたある日、本屋の店先で「風俗画報」という一冊の本を手にしました。その本には「明治24年11月30日発行、10月28日、震災記聞」と書かれています。

 そこには、大地震(おおじしん)の凄惨な絵が描かれていました。長良川の鉄橋が陥落した絵や、尾張紡績会社が破壊された絵、第三師団兵士が死体を発掘している絵、愛知病院の負傷者救護の絵などがあり、呪わしい当時の記憶が蘇ってきました。そして最後の一枚の絵に驚愕しました。それは、落ちて来た梁(はり)に腰を打たれて、一人の女が無惨にも悶え苦しんでいる絵でした。

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 黒煙りが濛々と巻き上って、火の粉さえ乱れ飛んでいる。これは私の妻ではないか、彼はそう叫ぼうとしました。それ以来、彼は、前よりもさらに、憂鬱な人間になってしまいました。ある疑惑が、彼を苦しめるのです。「あの大地震(おおじしん)の時、妻を殺したのは果してやむを得なかったのだろうか」と。

 「妻を殺したのは、始めから殺したい心があって殺したのではないのか」と。実は妻は不幸にも、肉体的に欠陥のある女だったのです。それでも彼は「妻を殺さなかったとしても、火事で焼け死んだに違いない」と自分に言い聞かせていました。

 ところがある日、教員室でたわいもない雑談をしていると、大地震の話題になりました。彼は黙って聞いていましたが、一人の教員がこんな話をするのです。「備後屋(びんごや)と云う酒屋の女房は、一旦、梁(はり)の下敷になって身動きもろくに出来なかったが、その内に火事が始まって、梁が焼け折れたから、命だけは助かった」と。彼はその話を聞いて失神しそうになりました。

 「やはり妻を殺すために殺したのではなかったのか。たとえ梁(はり)に押されていても、万一命が助かるのを恐れて打ち殺したのではなかったのか。もしかしたら備後屋(びんごや)の女房のように助かったかも知れない。それを情け容赦なく瓦の一撃で殺してしまった」

 彼は苦しみから、N家との縁談を断ろうとしました。しかし、結婚式の間際に破談にするのなら、妻を殺害した事実や苦しい胸の内を打ち明けないといけない。それが勇気がなくてなかなか出来ないのです。そして、二年前の大地震のあった10月に、結婚式を挙げる事になりました。

 しかし、いよいよ金屏風の広間に案内された時、殺人の罪を隠してN家の娘と資産を盗もうとする罪人のような思いになってきたのです。そして新婦の姿が見えた時、思わず両手を畳について「私は人殺しです。極悪の罪人です」と声を挙げてしまいました。それ以来彼は、狂人と呼ばれるようになりました。最後に彼は先生に向かってこう言っています。

 「しかしたとい狂人でございましても、私を狂人に致したものは、やはり我々人間の心の底に潜んでいる怪物のせいではございますまいか。その怪物が居ります限り、今日(きょう)私を狂人と嘲笑(あざわら)っている連中でさえ、明日(あす)はまた私と同様な狂人にならないものでもございません。とまあ私は考えておるのでございますが、いかがなものでございましょう」

 「我々人間の心の底に潜んでいる怪物」とは何でしょうか? 彼は日頃から、肉体的に欠陥のある妻に不満を抱えていました。しかし、殺したいとまでは考えていなかったはずです。それが「生きたまま火に焼かれて苦しむより、ひと思いに殺してあげた方が人道的ではないか」と自己弁護出来る機会が巡ってきたため、思い切った行動に出る事が出来ました。

 人は誰でも心の中に複数の人格を抱えています。その中の特に残虐性の強い人格が登場する環境が整ってしまった場合、彼のような行動に出るかも知れません。生きるか死ぬかの極限状態なら、自分の命を守るために他人を犠牲にする事はあり得る事ではないでしょうか。皆さんはどう思いますか?

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