一本の白い線

 梅雨明け間近の、休日の昼下がり。照りつける太陽の下、子どもたちが走り回る河川敷を見下ろしながら、散歩道を歩いてみる。昨日の出来事が夢のようで、未だ信じられない私をよそに、社会は通常の生活を繰り返している。

 たとえあなたがいなくなっても、世の中は変わらない。その現実は致し方ないとしても、私の心はどうしようもなく騒いでしまう。生きとし生けるもの、必ずいつかは逝(い)ってしまう。誰もがその宿命から逃れられない。わかってはいるけれど……。

 橋の近くの坂には、若いカップルが並んで座っている。高校生同士だろうか? 仲睦まじく愛を語り合うその光景は、微笑ましくもあり、妬(ねた)ましくもある。私にはもう、愛を語り合う人がいない。もし彼らが、突然に愛する人を失ったとしたらどうするのだろう。そんな危惧(きぐ)を覚えずにはいられない。

 人はいつも、愛する人との別れを想定して生きるべきなのだろうか? 私もそうして生きていたなら、少しは苦しみが少なかったのだろうか? 答えのない自問自答を、いつまで繰り返したら良いのだろうか?

 ふと川に目をやると、白いボールが浮かんでいる。幼子(おさなご)が落としてしまったようだ。父親らしき男性が、棒を手にしてボールを引き寄せようとしている。川に落ちる事なく、上手くやり遂げれば良いけれど。見知らぬ人ながら、応援したくなる。

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 人は、失敗を繰り返しながら生きている。子どもの頃なら、親が手を差し伸べてくれるだろう。泣いて頼めば、笑って助けてくれるだろう。でも、年齢を重ねるにつれて人は、助けてと言えなくなってしまう。誰もがみんな、助けてと言いたいのに、それを許さない風潮が世間にはある。悲しい事だけれど……。

 人はみな、生まれてすぐに名前をもらう。生きとし生けるもの全て、神様からもらった名前があるが、人の場合はそれぞれに特別な名前をもらう。あなたは特別な人なんだよと言うメッセージのように。たとえこの世からいなくなったとしても、名前だけはいつまでも残る。

 どうやらあの父親は、ボールを拾い上げるのに成功したようだ。抱きついて喜んでいる幼子の笑顔が愛くるしい。見ているこちらまで嬉しくなる。彼らの幸せがこれからも続くようにと祈らずにはいられない。

 そして、あの高校生カップルの未来にも、幸せが訪れる事を心から願う。人の運命が決まっているのかどうかは知らないが、それでもやはり、悲しみはないに越した事はない。人の幸せを祈る時、少しだけ自分も幸せな気分になれるのは不思議な感覚だ。

 ふと空を見上げると、青い空に一本の白い線が引かれている。飛行機雲だ。あの白い線は、一体どこまで続くんだろう。どこまでも上を目指すその線が、あなたからのメッセージのような気がして、私の胸を苦しくさせる。

「もう、泣かないよ」

 そう心で呟きながら、涙を止められない私がいた。

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