今にも降り出しそうな曇天の空。まるで俺の心のようだ。窓から見える空を見ながら、杉谷博史はぼんやりと考えていた。
「おい、杉谷！ お前、人の話聞いているのか？ 全くもう、いつもいつもミスばかりする奴だなお前は。お前みたいな奴は何て言うか知ってるか？ 給料泥棒って言うんだよ」
窓と杉谷の間で大声を張り上げる薄毛の男。いつも大声で部下を怒鳴る。部長にごまをすり、部下に罵詈雑言を浴びせる課長の大倉慎太郎だ。
杉谷は今の仕事が好きだ。失敗は多いが、やりたかった仕事だけに出来れば会社を辞めたくない。この課長さえいなければ楽しい職場なのに……。
「宅配便でーす」
「ご苦労様！」
杉谷の自宅に荷物が届いた。高さ三十センチほどの箱には、鉢植えの花が入っていた。大きな緑の葉が数枚と、中央には青色の花が咲いている。
早速、説明書を手に取ってみる。ロシア語の文章に日本語訳が添えてある。ロシア人科学者が医療用に開発した花だ。
この花は、ネガティブ思考の人間が吐くネガティブな言葉とそのマイナスエネルギーを吸い込み、プラスのエネルギーに変換して吐き出してくれる。いわば光合成のような原理である。
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マイナス思考に陥っている人間は、体内に毒を溜めこんでいるようなもの。その毒を吸い取ってプラスにして返してくれる。それが健康回復につながるのである。杉谷は試しに毒を吐いてみた。
「課長の馬鹿野郎！ いつもいつも俺をコケにしやがって！ てめえは絶対に許さねえからな！ お前なんか病気になって早くくたばっちまえ！」
子どものころから不満を溜め込んできた杉谷は、思っている事を言うことができない。たとえ怒りではらわたが煮えくり返っていても、顔はニコニコしている。出来るだけ喧嘩はしたくない。
久しぶりに大声で毒を吐いたお陰で、何だかすっきりして頭がクリアになった気がする。ふと花を見ると、少し赤くなった。説明書には、毒を吸い込むと花は赤く染まると書いてある。注意事項として、全部赤くなる前に廃棄するようにとも書いてある。
「宅配便でーす」
「ご苦労様！」
家族を仙台に残し、単身赴任の大倉の元に荷物が届いた。差出人は杉谷。中には鉢植えの花が入っている。大きな緑の葉が数枚と、中央には赤色の花が咲いている。
「お世話になっている課長にお中元です」とのメッセージ付き。貰える物は何でも貰う主義の大倉。綺麗な花を貰って悪い気はしない。「杉谷もなかなか良いところあるな。たまには誉めてやろう」と大倉は呟いた。
それから一週間が経ち杉谷が自宅で夕食を食べていると、同僚の倉田から電話がかかってきた。
「おい、聞いたか？ 課長、自殺したってよ」
「課長が自殺？」
「自宅マンションから飛び降りたって」
「それは驚いたな」
「このところ眠れなくて、精神的に参っていたらしいって話だよ」
「そうか。ところで、お通夜は何時から？」
倉田と電話で話しながら、杉谷は花の説明書を広げた。そこにはこう書かれてある。
「花が全部赤く染まったらすぐに廃棄してください。吸い込んだ毒を全部吐き出してしまいます」
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