溜息の部屋

 セットしておいたスマートフォンのアラームが鳴る。手を伸ばしてアラームを止める。その後、指が勝手に毎朝の日課を始めてしまう。ライン、ツイッターのDM、Eメールを開いていく。彼からの連絡がない事を確認すると、溜息(ためいき)をついて二度寝に入る。

 再び、アラームで起こされる。時刻を確認すると、起きなければいけない時間。再び、ライン、ツイッターのDM、Eメールを開いていく。やはり、彼からの連絡はない。小さな溜息の後、出勤の準備をする。

 時計代わりのテレビを見ながらトーストを食べる。週末お勧めのデートスポットが紹介されている。デート……。デートとは、愛し合う恋人同士で行くもの。相手がいなければ成立しない。私の愛する人からの連絡は……ない。

 駅までの道、小さな子どもを連れた母親が歩いている。私と同じくらいの年齢、なのに彼女はお母さん。私もいつか、お母さんになりたい。だけど……。

 私の愛する人は、同じ職場にいる。部署が違うため、一日中会わない日もある。たとえ会ったとしても、恋人の素振りを見せる事は許されない。そう、私たちは許されない関係なのだから。

 あの人には妻と子どもがいる。職場では愛妻家として有名だ。時折、彼の噂をする同僚たちの輪に入り、知らない顔で相槌(あいづち)を打つ。

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 私の部屋には、彼のものが揃っている。彼の歯ブラシ、彼の箸、彼の茶碗、彼の湯飲み、彼のパジャマ、彼の好みの酒も揃えている。いつ来ても良いように、部屋の掃除は欠かさない。少しでも、女らしさを感じてほしい。

「私と奥さん、どっちが好きなの?」

 意地悪な質問を投げかけると、彼は笑って答える。

「君も好きだし、妻も好きだ。どちらも、同じくらい好きだ」

 妻より君の方が好きだと言わない辺りが、彼の正直さを物語っている。だからこそ憎めない。

「子どもが独立して、妻の事が嫌いになったら、君と一緒になるかも知れない」

 その頃私はおばあちゃんだよって言いたいけど、甘いムードを壊したくないから言わない。不倫なんていつか破綻するに決まっている。だから、変な期待は持たない方が良いんだ。

 一日の仕事を終え、誰もいない部屋に帰る。夕食を済ませ、風呂に入り、ベッドに横たわる。ライン、ツイッターのDM、Eメールを開いてみるが、やはりあの人からの連絡はない。今日は金曜日だと言うのに……。

「こちらからは連絡しない」

 あの人に言われたわけじゃないけど、私が勝手に決めたルール。そのルールを破りそうになって、思わずスマートフォンを放り投げた。

 天井を見つめながら溜息をつく。今日一日で、何回溜息をついた事だろう。この部屋いっぱいに充満している溜息を、花束に変えてあの人に届けたい。そんな事を思いながら、今夜も涙で枕を濡らす。

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