思い出のグラウンド

「ねえ、倉田さんはどうだったんですか?」
「えっ?」

 平日の昼時、既に大勢の客で賑わうファミリーレストランの店内。窓際の奥のテーブル席で、胡椒がかかり過ぎて辛いシーザーサラダを食べながら、篠崎美優(しのざきみゆ)が話しかける。おしゃべりな彼女の話を聞き流していた倉田徹(くらたとおる)は戸惑ってしまう。

 確か初恋の話だったような気がするんだけど……。

 時間を遡(さかのぼ)って考えた結果、彼女が聞きたいのは僕の初恋だと徹は結論づけた。

「ああ、僕はね、確か……」

 手にしていた箸を置き、腕組みをして上を向きながら考えてみる。恋に奥手の彼は、女性と話をする事すら得意ではない。美優のように気軽に話しかけてくれれば良いのだが、自分から女性に話しかける事はあまりない。

 身長が高く整った顔立ちで、頭も良くて運動神経も良い彼は、モテないわけではない。今まで異性から告白される事も何度かあった。しかし、人間関係を築くのに時間がかかるため誤解される事も多く、来月には三十歳になるのに恋人すらいない。

 告白してくる相手が好みのタイプではないため仕方がないのだが、好きな相手に告白する勇気はない。そんな彼が、初恋と言われてすぐに思いつく人がいた。その人の姿を映像化するために、徹の意識は遠い過去に遡っていく。

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 小学校時代から足に自信があった徹は、中学では陸上部に入った。百、二百メートルの短距離走の他に、走り幅跳びの選手だった。同じグラウンドを使う野球部に比べ、個人競技のためか練習の内容は自分で決められた。

 全体練習を終え、百メートルを数本走った後、幅跳びの練習に向かう。と言っても、大体は仲の良い先輩や同級生と話をして過ごす事が多かった。

 みんなの輪に加わりながら、徹が気にしていたのはトラック競技の練習だった。大勢の人たちの中で、特に気になったのが、一際小さな女の子。長い髪を一つにまとめたポニーテールの女の子。身長が高い彼にとっては、背の低い女の子が可愛く思えた。

 彼女を見ている事を悟られないようにしながら、ちらちらとその姿を目で追った。大きな瞳で笑顔が似合う女の子。彼にとっては、彼女が初恋の相手なのだ。

 クラスは違ったため、会えるのは放課後のグラウンドだけ。幅跳びの練習の合間に、彼女の姿を目で追うのが彼の日課だった。

 卒業するまでの三年間、告白なんてする事もなく、名前すら呼んだ事もない。ただ遠くから眺めているだけの淡い初恋。ただそれだけだったと、遠い目をしながら美優に話した。

「いやー、倉田さんの青春、良いですねえ。その人の名前、なんて言うんですか?」
「名前? そう言えば、名前なんだっけなあ……」

 顔は思い出せるのに、名前は出てこない。

「やばい、もう年かな」

 そう言って徹は笑った。

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