乙女の恋心

「いらっしゃいませ」

 明るい声が店内に響く。その声は、ミュージカル俳優のように声量があって、まるでここが劇場かと錯覚させるほどの魔力がある。いや、魔力などと言っては彼に失礼だ。彼は地上に降りてきた天使に違いないのだから。

 彼の夢はアクション俳優になる事。今はこんなコンビニでアルバイトしているけれど、もう少ししたらきっと、ドラマや映画に引っ張りだこになるに違いない。今のうちにサインをもらっておかなきゃ。もしそのサインに「由香里ちゃんへ」なんて書いてもらったら、私はもう悶絶死するに違いない。

 いや、こんなうら若い乙女のまま死ぬなんてだめだ。私は彼のお嫁さんになるんだから。えっ、お嫁さん? 自分で言っておいて恥ずかしい。私なんかがお嫁さんで良いのかしら? もし彼のお嫁さんになるのなら、食事の管理なんかはしっかりとしなければいけない。俳優は体が資本なんだから。

 身の回りの物にも気を配らないとね。歯磨き粉なんかも、安い物じゃだめ。もちろん、こんなコンビニなんかで買っちゃだめだ。芸能人は歯が命。綺麗な歯にするためには、歯磨き粉は大事なアイテムなんだ。

 シャンプーなんかも気にしないといけない。彼のあの素敵な髪の毛を大切にしないと。艶(つや)があって瑞々(みずみず)しい黒髪。どんなシャンプーを使ってるのか気になる。

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 もし私が彼のお嫁さんになるなら、一緒にお風呂に入ったって良いんだ。あの半袖シャツがはち切れそうな太い腕。どれだけトレーニングしたらあんな筋肉になるんだろう。一緒にお風呂に入ったら、背中を洗ったりしながらマッサージでもしてあげたい。

 そう考えると私、これからマッサージの勉強もしないといけないんだ。アクション俳優だったら、危険なシーンだって多いに決まっている。あのトム・クルーズみたいに、飛行機にしがみつくシーンがあったらどうしよう? 私きっと、心配で観ていられないと思う。

 今だってこうして、検品作業しながら彼の横顔を見ているだけで大変なんだから。胸がきゅーって締めつけられて、酸素が足りない、息が出来ないって感じなんだもん。

「今井さん、レジお願いします」
「は、はい!」

 きゃー、彼に呼ばれちゃった。彼にお願いされちゃった。本当は苗字じゃなくて、下の名前で呼んでほしいんだけどな。由香里って呼び捨てにしてほしい。「俺の由香里」なんて言われたらもう、どうしよう。

 今、私、彼と並んでいる。彼のお手伝いをしている。これはきっと、将来、私たちが夫婦になった時のための予行練習なんだ。このままこの時間が、ずっと永遠に続いてほしい。

「あなたが好きです」

 こんなにたくさんの人がいる前で、思わず口から出ちゃったらどうしたら良いの? ああ、この気持ち、抑えきれない。誰か助けて!

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