第4話 花魁・朝霧ママの人生相談「クラブ「紫陽花」にて、夕霧と」

(ナレーション)夜の帳(とばり)が下りて、あちらこちらで家族が団欒(だんらん)している頃、銀座八丁目の夜の蝶(ちょう)たちは忙しく飛び跳ねている。朝霧ママのクラブ「紫陽花(あじさい)」には、そんな夜の蝶を追いかけて、今夜もお金をばらまく男たちが集ってきていた。

岸田「朝霧ママ、今夜も楽しかったよ、ありがとう」
朝霧「岸田様、今夜もありがとうございんした。お帰りは、お気をつけておくんなまし」

(ナレーション)岸田を見送った後、店に戻った朝霧は、支配人の藤田に声をかけた。

朝霧「ちょっと早いけど、もう今晩はここでお開きにいたしんす。店のみんなに声をかけて、上がってもらっておくんなましな」
藤田「わかりました。お疲れ様でした」

(ナレーション)従業員たちが全て帰った事を確認した朝霧は、奥の個室で待たせていた夕霧に声をかける。

朝霧「長い間待たせて、すまなかったでありんすねえ。さあさ、夕霧もこちらに来て、一杯やらんかえ?」
夕霧「私のほうこそ、朝霧姉さんの店まで来てしまって、迷惑かけてすいませんでした」
朝霧「何が迷惑なもんかえ、わざわざ会いに来てくれたんだ、嬉しいでありんすよ。さあ、飲んで」
夕霧「ありがとうございます。いただきます」

(ナレーション)薄明りに照らされた二人の間を、静かな時間が過ぎていく。もともと二人とも、口数の多いほうではない。何も語らなくてもただ、そこに居てくれるだけでいい、そんな関係なのだ。

朝霧「どうでありんすか? お仕事の方は、順調でありんすか?」
夕霧「はい、おかげさまで、ドラマや映画などの話をいただいております」
朝霧「そうかえ、そうかえ、それは良かったでありんすねえ。ちょっと気にかけていたでありんすよ。元遊女って事が知られてしまって、お仕事にも影響がありはしないかとねえ」
夕霧「今のところ、何も問題はありませんよ。まあ、私もそこそこ、長い事、この仕事をしておりますから、みなさん胸の中では思っていても、口には出さないのでありんしょう」

(ナレーション)グラスを両手で持ち、背中を丸めて遠くを見つめる夕霧を、朝霧は黙って見つめていた。昔から、滅多に愚痴などこぼす事のなかった夕霧。どんなに辛い事があっても、全て胸の奥にしまい込んできた。そんな彼女の心が晴れる日は来るのだろうか。そんな思いが、朝霧の目頭を熱くさせる。

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夕霧「朝霧姉さん」
朝霧「なんだい?」
夕霧「私が初めて客を取った日の事、覚えていますか?」
朝霧「……ああ、おんしが確か、十七になった夏じゃなかったでありんすか?」
夕霧「はい、あれは暑い日の事でありんした。初めての客は、それはそれは大きな男でありんした。私はもう、何の抵抗も出来ず、ただ男の思うがままにされたのでありんす。痛い、嫌だなんて、恐ろしくて言えんせん。ただただ、涙を見せないように、必死に耐えていたのでありんす……」

(ナレーション)遠くを見つめて語る夕霧を、哀しい表情で見つめる朝霧。彼女の頭によぎったのは、泣きながら自分の部屋に入ってきた夕霧の姿だった。

夕霧「客が帰った後、あちきは、朝霧姉さんの部屋を訪ねたのでありんす……。ぼろぼろになったあちきを、朝霧姉さんは、そっと引き入れてくれましたよね……。泣きじゃくるあちきを、そっと布団に寝かせ、汚れたあちきを綺麗に拭いてくれたのでありんす……。その後、あちきがゆっくりと眠れるように、着物を脱いで人肌で温めてくださいました……。朝霧姉さんは、汚れたあちきを清めるように、強く強く抱きしめてくれたのでありんす。あちきは……あちきは……あの日から……朝霧姉さんの事が……」

(ナレーション)潤んだ瞳を、朝霧に投げかける夕霧。その瞳は、愛しい人を見つめる時のものだった。朝霧は、夕霧の想いをずっと以前から感じとっていた。しかし、遊女同士の恋が許されるはずもない。そして何よりも、朝霧には、忘れたくても忘れられない男がいる。朝霧は、夕霧をそっと抱き寄せると、彼女の髪を優しく撫でながら語りかけた。

朝霧「夕霧、おんしの気持ち、ようくわかっているでありんすよ。うん……うん……。あちきもね、夕霧の事が愛おしくてたまらない。でも、それは、妹としてでありんす。あちきにとっておんしは、大事な大事な妹なのでありんすよ」
夕霧「……わかってます。朝霧姉さんには、忘れらない人がいるって事は……。あちきは、その人の代わりにはなれない……。わかっています……。わかっています……。うううっ……」
朝霧「夕霧……ごめんね……」

(ナレーション)自分の胸に顔を埋めて、むせび泣く夕霧を、何も言わずに黙ったまま、いつまでもいつまでも抱きしめる朝霧。彼女の瞳から零れ落ちた一滴(ひとしずく)の涙は、ゆっくりとゆっくりと、柔らかな頬を伝っていく。銀座八丁目の夜は、まだまだ続くのである。

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