「私、お兄ちゃんのお嫁さんになる」
幼い頃の私の言葉に「ありがとう。嬉しいよ」って言ってくれたあの人が今、誓いの言葉を述べている。白いウェディングドレスを着た綺麗な人に、永遠の愛を誓っている。お嫁さんになるのは私じゃない。
私は今、新郎の友人の席にいる。私たちは幼馴染で親同士も仲が良い。五歳年上のあの人を私は「お兄ちゃん」と呼び、あの人は私を「薫(かおる)ちゃん」と呼んだ。遊びに行く時はいつも、あの人の後ろにくっついて行った。「圭太(けいた)くんがいれば大丈夫」って親は安心していた。
幼稚園の頃、公園のブランコから落ちて泣きじゃくる私を、あの人は家までおぶってくれた。膝から血を流して泣きじゃくる私に「大丈夫だからね」って励ましてくれた。小学校に入学して、いつも一緒に登校してくれた。一年間だけだったけど、ずっと一緒に登校してくれた。一人っ子の私には、本当のお兄ちゃんに思えた。
私が中学生になると、あの人は高校三年生になっていた。その頃から私は、お兄ちゃんと呼べなくなった。一人の男性として意識するようになった。頼れるお兄ちゃんから、憧れの男性になり始めた。それまでは気軽に話しかけられたのに、急に恥ずかしい気持ちが芽生えて、まともに顔が見られなくなってしまった。
あの人は、それまでと変わらずに接してくれるのに、私だけが意識しちゃって緊張していた。近くにいると苦しくなるから、遠くから見つめるだけで満足だった。一日も早く大人になりたかった。
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高校を卒業すれば、あの人の恋人になれると思っていた。だけど、そんな簡単な話じゃなかった。先月やっと高校を卒業したけど、間に合わなかった。あの人にはもう、結婚を決めた人がいたのだ。
新郎新婦の両親、親戚、友人たち、ここにいるみんなが、二人の結婚を祝福している。ただ一人、私だけを除いて。もちろん、誰も私の気持ちなんて知らない。あの人だって、私がどんなに好きだったかなんて、知るはずがない。私の一方的な恋。一方通行の恋。胸の奥に秘めて誰にも言わなかった私の初恋。それが今日、終わる。
「お二人とも、おめでとうございます」
思い切って言ってみた。涙をこらえていたから、上手く言えたか自信ないけど、何とか笑顔を作って二人を祝福した。
「薫ちゃん、今日は来てくれてありがとう」
あの人が笑っている。私の頭を撫でてくれている。あの人にとって私は、今でも妹のままだ。
「薫ちゃん、これからよろしくね」
お嫁さんの言葉に、無言で頷(うなず)く。歯を食いしばっていたから、言葉が出ない。笑顔でいられた自信がない。もうその場に居たたまれなくなって、大きくお辞儀をしてからすぐに、トイレに駆け込む。披露宴会場から、友人たちの笑い声が聞こえてくる。私はしばらく個室に閉じこもったまま、涙と嗚咽を抑えるのに必死だった。
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