遠い日々

 「なんで、司書さんの代わりが私なんです?」

 先生は、唇を尖らせる生徒に苦笑した後、クシャりとした反則的な笑顔で言った。

 「頼むよ。お前が適任なんだよ。勿論、好きな女子誘っていいから。もう許可はとってあるんだ。責任は俺がもつから」

 大体において、委員もやらせて、部活の誘いを断ったら、授業以外で頼み事をするなんて、教師としてどうなのよ!

 平静を装いながら内心では、本気で苛立つ私。だけど、あまりに平身低頭なのが気の毒にも思える。かくして、蒸し暑い夏の校舎で、好物のアイスを餌に、私は欲しくもない参考書をもたされた。二日後、満面の笑みで親に送り出され、図書整理のため学校宿泊となった。

 「えー! 学校にお泊りなんて楽しいじゃない! 全然OK!」

 二つ返事で快諾してくれた四人の友人たち。

 「適当でいいよ! 重い辞典は手つかずにしておいて!ラベリングも半分でいい! もう、体育館からラケット持ってきて、机除けてみんなでバドしよう!」
 「えー珍しい! そんなこと言うなんて。気に入られている〇〇先生からの頼まれ事でしょ? 何かあったら、うちらは連帯責任だよ! むちゃ楽しいじゃん!」

 静まり返った校舎。広い図書室で申し訳なく思う私に、笑顔を返してくれる。美人で優秀。そして育ちが良い女子というのは、素直で優しいものだ。今も交流のある四名の友人たちはその典型である。彼女達のおかげで、作業は効率良く捗り、室内の蛍光灯にシャトルをぶつけながらのバドミントンは、笑い転げるほど楽しかった。

 「ね。暑いから、校売自販のジュース買ってきて、屋上で涼もう!」
 「みんなの分、買ってくるよ!」

 誰かの提案に私が応えると、古文の得意な子が笑って言った。

 「いた仕方ない。たっての申したてとあらば、パシリなるものをさせてあげませうか?」

 冷えたジュースを抱えていると、暗い階段から警備員とは違う足音が聞こえてきた。見上げた瞬間「あれっ?」と聞きなれた声がして、トレードマークの眼鏡のフレームがうっすらと光る。

 「〇〇さん?どうしてここに?」

 自分が聞きたい事を先取りされてしまった。暗闇に感謝しつつ簡単に答えると、思いがけない誘いを受けた。

 「僕らは最後だし、天体観測にはもってこいの日だから思い切って、夜間活動を顧問に頼んだんだよ。もう少ししたら屋上で始めるんだけど……良かったら君達も、来ないかい?」

 戻ってからさっきの事をみんなに話す。

 「ちょ。ちょ。ちょっとぉ! サイエンス部の彼ら? うっそー!知らなかったね! 行かないわけないじゃん!」

 さすがの彼女達も高揚した口調になる。すぐに髪をブラッシングし始めたと思うと、コンパクト片手にリップまで! 何もしないでぼんやりしていた私の髪までとかしてくれた。

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 残暑をゆるく含んだ風が、離れたコンサート会場の歓声と秋を告げる虫の声を届けている。校舎から夜空を見上げたのは初めてだった。

 「ようこそ。夏の天体ショーへ」

 大好きな声が迎えた。

 「部長、素敵女子じゃないですか!モチベーション上がります」

 飛び交う言葉は、明らかに私の頭上を通り越している。特に親しいわけでもない彼らの名前を知っているのは、テストの度に最初の方で見つけるからで、陸上記録で見つける事もあった。そして私の友人達は、廊下で二三度すれ違えば記憶される、華のある聡明な女子。共に居合わせたことに感謝しようと思った。

 設置された望遠鏡は、覗いて星々を探すばかりになっており、星座が出揃う頃だ。デネブやアルタイの輝きに感嘆しながら、みんなの話が弾む。

 ふと肩に手をかけられて聞かれた。

 「君はあまり、興味なかった?」
 「いえ。実際に天体望遠鏡触れた事がないし、みんな楽しそうで、そちらにみとれました」
 「そう……」

 急にくいと手を引かれ、望遠鏡の前に連れていかれた。

 「のぞいてごらん」

 掌が頭の上にあると思ったら、肩も引き寄せられた。

 「そろそろ木星が見えるはず」

 静かに話す声の主。目と鼓動は、私の意思と無関係に動いている。

 「見えたかな?」
 「うん」
 「きれいでしょ? 縞模様も見えてる?」
 「うん」
 「よぉし。じゃあ、とびきりの土星をみせてあげる。少し代わって。のぞくだけだから、そのまま居て」

 眼鏡のフレームが、信じられないほど近距離にある。しかも私は、操作をする彼の腕の中。逃げ出したいほど、背中に体温を感じている。望遠鏡がなかったら、動揺して泣いてしまいそうだ。

 「見て!」

 一瞬、頬が触れたような気がした。

 「土星の環が綺麗に見えるよ」
 「う、うん」

 望遠鏡をのぞいている方が 少しでも落ち着けそうな気がする。

 【なんか、幸せになる】

 振り向くわけもない。

 「宇宙、壮大だから」

 やっと言葉をひねり出す

 「そうだね。だけど、偶然の必然で、幸せにもなれる」

 意味が飲み込めなかったけど、鼓動が高まる。

 「少しズームアップさせて、そのままでいて」
 「僕、多分、地元離れるから。君さ、僕の事、時々見てたでしょ?」

 全身の血が逆流しそうになって、消え入りたくなる。狭められた両腕が、犯罪者にかけられた手錠のように思える。

 【知られていたんだ……】

 好きになった事を後悔した。ぐっと涙をこらえる。

 「でもさ」

 とても優しい声が、言葉を続けた。

 「僕が君を見ていたことには、君は気付かないんだね。学年もクラスも違うとさ、考えなくてもいい事考えて、勉強そっちのけになるからさ。女子ってわかんないし。君は、男女いっぱい、友達いるみたいに見えたし。サイエンス部は男子ばっかで、宿泊できないんだよ。皮肉にも、宿泊の女子いるからって事でさ。あと少しで解散だから、今だけ勝手な事いう。僕の好みは、君なんだよ」

 混乱するばかりの私。

 「嫌じゃないって信じてる」

 柔らかく、少しかさついた感触が頬に残り、背中が熱くなる。

 「部長! そっちの方が場所どり良かったですか? 俺らこっちも良く見えたけど、遠慮させましたかー?」
 「いや。俺、女子の扱い以外は、お前らよりずっと上手いから。大丈夫」

 背中が軽くなって、全てのものが瞬時に解かれる。

 「今夜はありがとう! 楽しい部活になったよ」

 何事もなかったようにサイエンス部は解散し、家路についた。友人達は「得したねー!」「これ機会に仲良くなれたりしてね」等と笑っている。

 夢を見たのかも知れない。

 夏の風が、まるで最後の時を知らせるかのように、優しくそよいだ。

 星空には、サザンの栞のテーマが流れていた。

           作:イーチョン

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