ワインに溶ける恋心

 郊外のマンションの一室。男の一人暮らしにしては掃除が行き届いている、誠治(せいじ)の部屋に訪ねてきたのは、彼がよく知っている女性。幼馴染みで同級生の詩織(しおり)は、度々この部屋を訪れている。彼らは付き合っているわけではないが、彼女は気軽に部屋を訪ね、彼は気軽に招き入れる。

「こんばんは!」
「こんばんは! どうぞ、入って」

 夜になっても外は暑く、彼女の額が汗ばんでいる事に気づいた彼は、さりげなく乾いたタオルを手渡した。

「サンキュー」
「どういたしまして」

 詩織は軽く汗を拭うと、使用済みのタオルを彼に手渡す。誠治はそのタオルを受け取ると、洗濯機に入れる。まるで自分の家のように振る舞う彼女に、彼は嫌な顔一つしない。

「飲んできたの?」
「うん、酔っぱらってるよ」

 顔を赤らめながら抱きついてくる詩織。二人の左頬が重なり合う。アルコールの匂いと香水の匂いが混ざり、誠治の頭を混乱させるが、努めて冷静な顔のまま彼は彼女を椅子に座らせた。

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「水飲む?」
「お酒ちょうだい」
「まだ飲むの?」
「今日は飲みたいの」
「どうしたのさ?」
「彼氏に振られた」
「またか……」
「そう、また。だから今日は友だちと飲んできた。でも足りないから、誠治の家に来たよ。ごめんね」
「まあ、良いけど。いつもの事だから。とりあえず、水飲んだら?」

 彼はそう言って、水が入ったコップを差し出す。それを黙って受け取ると、詩織は一息で飲み干した。男らしいなと心で思いながら、コップを受け取る誠治。

「ねえ、あのワイン飲ませて」
「ああ、良いよ」

 用意したグラスにワインを注ぎ、彼女が飲み始めるのを横目で見ながら、誠治は簡単なつまみを用意する。嫌な顔をする事なく、まるで夫に尽くす妻のようだ。

「ねえ、聞いて、私の話」
「うん。聞くよ」

 頬杖をつく彼女に合わせて、彼もまた頬杖をつく。長いまつ毛で彩られた大きな瞳が美しい。見つめ合っていると吸い込まれそうになる。

「いつになったら私、幸せになれると思う?」
「そのうち幸せになれるよ」
「こんな私の事、好きになってくれる人いるかな?」
「いるよ」
「本当?」

 彼が自分を好きな事を、彼女は知らない。彼女にとって彼は、ただの幼馴染み。それ以上でもそれ以下でもない。だから、こうして夜遅い時間でも、平気で部屋を訪ねてくる。

 彼女の空虚な心を埋められるのは自分だと思いながらも、誠治は言葉が出ない。もし告白して、この関係が終わってしまうのが怖い。ただワインを飲む彼女を見守りながら、今日も夜が更けていく。

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