雨の河川敷

【私って本当、男見る目、ないなあ……】

 土砂降りの中、私は外に出た。普通、こんなに雨が降るのに外に出る人なんて、よっぽどの事がない限りいないはず。しかも、傘もささずに、びしょ濡れで歩いている私……。

 どうせ、心の中も土砂降りなんだから、いいや。私は頭の中で、そんな言い訳を自分にしていた。

 休みの日だったら、少年野球や草野球で賑やかな河川敷だけど、今日は平日だし、こんな土砂降りの日には、散歩する人だっていない。

 一人になりたかった。雨に打たれたかった。滝に打たれるみたいな感じで、強く強く、雨に打ってほしかった。

 私って、都合の良い女なんだろうなあ。ちょっと優しくされると、すぐに好きになっちゃう。頼まれると、すぐにお金も貢いじゃうし。財布代わりなんだろうなあ、私なんか。

 子どもの頃、よくこの河川敷で遊んだなあ。花火もやったしね。花火と言えば、亮(りょう)くん、もう覚えてないだろうなあ。あの時、私に言った事……。

「大きくなったら、僕のお嫁さんになってくれる?」

 二人で花火をしてた時、こっそり耳元で言ってくれたよね。私は「うん」って約束したけど、あの時はお互い、十歳だったからね。亮くんはもう、忘れてるに決まってるよ。

 小学校卒業と同時に、家族で引っ越しちゃって。「バイバイ」って笑って見送ったけど、私は心の中で泣いてたんだからね。知らないでしょ、君は。

 もう、どこにいるんだよ、亮くん。私もう三十だよ。今まで何人かと付き合ったけど、君が迎えに来てくれないのが悪いんだぞ。待ってたんだぞ……。待ってたのに……。

 もう、いつになったら迎えにくるんだよぉ! 遅いよぉ! もう、雨が強いから、大声出しても、たぶん平気だよね。叫んじゃうぞ、いいのか?

「亮のバカヤロー! どこにいるんだよー! 待ちくたびれたんだよー! 私の事を早く迎えにこーい、バカヤロー! 遅いぞ、遅すぎ……」

 えっ? 誰? 肩を叩いているのは、誰? 

 怖い……。怖いよ……。こんな土砂降りの日に歩いているのは、私みたいに男にフラれた女か、そうでなければ……精神異常者? 私、刺される? 振り返ったら、刺されちゃうの? えーーーーーー? どうしよう……。

「ごめん、遅くなった」

 えっ?

「ずいぶん待たせちゃったね」

 うそ?

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「さっき、お母さんに聞いたら、外に出たって言ってたから。ここに来てみた」

 えっ? もしかして? うそ?

「君がまだ独身だって聞いたから、勇気を振り絞って会いに来たんだ」

 本当? 本当にあなたなの?

「覚えてる? 二十年前の花火の約束」

 二十年前の約束って……。うそ?

「亮……くん? 亮くんなの?」

 亮くんのフリして、通り魔が包丁持ってるとか、じゃないよね? 違うよね? 大丈夫よね? 振り返るよ、いい、恭子?

 私は思い切って振り返った。目の前には、傘をさして笑っている男性が立っている。優しい笑顔。なんか……懐かしい……。目元が変わってない。まつ毛がクルンってしてる。可愛かったあの頃のままだ。

「久しぶり」って言われて、「……うん、久しぶり、だね……」と答えたけど、うまく言葉が出てこない。私、雨に濡れると思って化粧して来なかった。しかも、髪の毛長いから貞子みたいになってる……。どうしよう。がっかりさせちゃったかも……。もう、嫌だー!

「もうずぶ濡れだけど、傘に入ったら?」
「……うん」
 
 あー、私ったら、バカ! 亮くんに会えるんだったら、傘さしてくるんだった。バカな子だなって思ったよね。もしかして、引いてない?

「やっとね、仕事がうまくいきだして、収入が安定してきたんだ。今までずっと、恭子ちゃんの事が忘れられなくて……。さっきお母さんに聞いたら、まだ独身だって言うから。それで、思い切って告白しようと思って……」

 えっ? 告白?

「良かったら、僕のお嫁さんになってくれる?」

 えっ? えっ? えーーーっ? うっそ―――? 本当? りょ、亮くん、笑ってるけど、冗談じゃないよね? 本気なんだよね? ねえ、どっち?

「わ、私なんかで……。こんな私なんかで……。こんなばかみたいな私なんかで、いいの?」

 そう、そこは聞かなくちゃ。確かめなくちゃ。もう傷つきたくないから。

「もちろん、こんなあなたが大好きです」

 えっ、えーーー? 抱きしめちゃうの? 私、こんなにずぶ濡れなのに? どうしてこんなに優しいの?

「あ、あの……。濡れちゃうから……。亮くんが濡れちゃうから……」

 亮くんが濡れるのは可哀想だけど、こうやって抱きしめられるのは気持ちがいい。

「あ、あの……。うちに帰らない? タオル、あるから……」
「ああ、そうだね。君が風邪引いちゃうからね。さあ、行こう!」

 ああ、なんか、手つないでもらっちゃったけど……。私の手がびしょ濡れなのに……。もう、私って本当にバカ! こんな私だけど、よろしくお願いしますね!

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