心に降る雪

「今日は一段と冷えますねえ」

 部屋の隅にボストンバッグを下すと、君子は仲居の言葉に黙って頷いた。仲居が部屋を出た後、窓から外を眺めてみる。大粒の雪が窓に当たっている。目の前に広がる日本海から、重々しい空気が伝わってくる。夏は海水浴客で賑わうであろう海岸線が、どこまでも寂しく続いている。まるで、彼女の心のように。

 二人で来るはずだった宿。来たのは彼女一人。ここから彼女の実家までは、そんなに遠くない。年老いた両親が、彼女の帰りを待っている。でも、一人で帰るのは辛すぎる。

「ごめん、君とは結婚できなくなった」

 突然の心変わり。辛いけど、何も言えなかった。不幸を背負って生まれてきたような女。そんな風に自分を卑下(ひげ)する彼女は、諦める事に慣れてしまっている。

 愛する人に裏切られたのは今回が初めてではない。この故郷(ふるさと)でも経験したし、東京でも何度かあった。惚れっぽくて勘違い女。そんなキャッチコピーが自分にはお似合いだと思っている。

 一途に尽くし過ぎるからだろうか。重い女だと思われるのだろうか。生き方を変えようと思いながらも、生まれ持った性格なんて簡単には変えられない。そう思いながら、バッグから渡す当てのないセーターを取り出す。別れたあの人の誕生日プレゼントにと編み始めたセーターが、もう少しで完成する。

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「君は何でも上手いね。料理も裁縫も」

 そう言われたのが嬉しくて、時間さえあれば色んなものを手作りした。あの人に喜んでもらいたい、ただそれだけだった。

「いいかい、女は男に愛されて幸せなんだ」

 子どもの頃、母からよく聞かされた言葉。母は、好きだった人とは一緒になれず、親が選んだ相手と結婚した。それでも、父から愛されて幸せだったとよく言っていた。そんな両親のように愛のある家庭を築きたい。それが君子の願いだった。

 子どもが生まれたら、栄養を考えて料理作ったり、手作りのバッグを持たせたりしたいと思っている。愛する人との間に生まれた子どものために。それがあの人だったらと、君子は今でも考えている。

「死んじゃおうかな」

 窓の外の、暗く冷たい海を見ながらそう呟く。外は凍(こご)える寒さ。海の中も冷たいに違いない。あの人と別れてから、自分の心も凍ってしまった。心を凍らせたまま、海に消えてしまいたい。泣きすぎて枯れてしまったのか、涙が出てこない。それとも、涙さえも凍ったのか。

 椅子に腰かけ、セーターを編み始める。もうすぐ完成するそのセーターを、どうしたら良いのか見当もつかない。それでも指は勝手に動く。心とは裏腹に、この指は彼を思い続けている。君子はそう思った。

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