伝説のセールスレディ

 時計代わりに朝から点けていたテレビを消し、パソコンを開いてメールのチェックをしていると、トーストの焼き上がりを知らせる乾いた音が鳴った。「よいしょ」と口に出して立ち上がり歩いた時、流し台に置いたままの食器が目に入ったけど、気にしないでおこう。たまの休みの日くらい、ゆっくりしたって良いよね。

 いつもならこの時間は、旦那と娘に朝食を食べさせながら自分の身支度も済ませて、二人を送り出してから慌てて出勤する頃だよ。できるだけ、良い妻であり良い母でありたい、理想の姿を完璧にこなしたいって思うからさ、つい無理しちゃうんだよね。もう本当、この性格疲れるわ。

 お気に入りのコーヒーを淹れながら、誰もいない空間に向かって独り言を呟いてみる。続けて、深く息を吸い込んだ後、はあーっと思い切り吐き出した。ストレスを溜めない、ネガティブ思考に陥らないは、成功者になるための重要な秘訣だ。

 使い慣れたコーヒーカップを持ってパソコンの前に座る。休日だからと言って、のんびりと過ごすほど私には余裕がない。心機一転で入った今の会社でトップセーラーになるんだ。たとえ今は理想とかけ離れていたとしても、悩んでばかりいられない。しっかりしなさい、圭子。

 ゆっくりしようという甘い考えは消去するんだ。目を見開いて立ち上がると、まずは食器を洗い、流し台を軽く掃除をした。そうだ、ドライブがてら、明日から営業する会社の場所を確認しておこう。ナビの言う通り車を走らせても、なぜか目的地にたどり着けないくらいの方向音痴だから。下見をしておけば、道に迷って無駄な時間を過ごさなくていい。

 休日なのに有意義に過ごそうとする自分が、とても誇らしく思える。自然に笑みがこぼれ、どこまでも続く青空のように、心の中が日本晴れのような気がしてきた。しばらく走っていると、大きなスーパーを発見。後で買い物をするから、ちょっと駐車場を借りさせていただきます。

 車を降りて歩いていると、さっきまで晴れていた空が急に暗くなってきた。あれ、なんだろう、街全体が暗く感じる。目がおかしいのかなあと思ってまばたきしていると、フラッシュが焚かれたように急に光だして、元の街に戻った。

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 今のは何だったのかなと不思議に思いながら再び歩きだすと、目の前に六階建てのビルが見えてきた。しかし、平日なのに人気がない。定休日だろうかと思っていると、明るい声で笑う女性が現れた。制服からして、同じ会社のセールスレディだ。あれ? もしかしてここって先に営業している人がいるのかな? だったら私は引き下がらなきゃ。

 人懐こそうに話し掛けてくる彼女に、つい他社のセールスレディだと言うと「セールスレディ仲間ですね! ちょっとランチでも一緒にどうですか?」その笑顔に誘われるまま、近くのファミレスに入ると、ランチを食べながら彼女の話に引き込まれていった。

 「うちの会社には”売り込まないのに売れちゃう、伝説のセールスレディ”がいるんですよ。私はその人の後輩なんですけどね。一緒に働いててすごいなーって思うことがいっぱいあるんです。あんな風に私もなりたいなって思うんですよ。でも先輩は、最初は全然成功すると思えなかったんですって。今はMDRT常連で、年収1000万円以上キープ、住宅ローンを繰り上げ返済したそうですよ」
 「えー、そうなんですか、すごいですね」
 
 彼女の話す”伝説のセールスレディ”のレベルの高さに圧倒されっぱなしだった。何となく話しやすい彼女に、自分がまだ営業初心者で、悩んでいる事や困っている事などを相談してみた。彼女は、自分の考えというよりも、”伝説のセールスレディ”の考え方や行動の起こし方を紹介してくれた。

 「私もね、まだまだ先輩の足元にも及ばないんですけど、いつも近くで学ばせていただいて、それなりの結果が出せるようになりました。まずは成績優秀な先輩のやり方を真似しながら、自分に合ったセールスを確立していかれれば、山村さんもきっと”伝説のセールスレディ”になれますよ」
 「えー、本当ですか? そうなったら嬉しいです。私も頑張ります」

 話好きの彼女との有意義な時間は、あっという間に感じられたが、時計を見るともう三時を過ぎていた。丁寧に礼を言って別れた後、車に向かう足取りは軽かった。”伝説のセールスレディ”ってどんな人なんだろう。いつか会ってみたい。きっと素敵な人なんだろうなあ。

 そんな想像を巡らせていると、さっきと同じように急に辺りが暗くなり、またもや強い光が目に飛び込んできて、思わず目を瞑った。そして恐る恐る目を開けると、何の変哲もない街の風景がそこにあった。二度もあるなんて、変だなあ。まあ、いっか。買い物してから急いで帰ろう。そう思いながら、車を停めたスーパーに向かった。

 「ヤマさん、今日ですね、新人のセールスレディに出会ったのでヤマさんのお話をたくさんしてきました」
 「新人の?」
 「はい。そう言えば、ヤマさんと同じ山村さんっていう方でしたよ」
 「……そう、山村さんね。……そっか、あの時出会ったのはあなただったのね。石井さん、ありがとう」
 「え?」

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