Stationery

 ピシっという音と共に、背中に小さな痛みが走る。合わせ鏡で見ると、またセーラーカラーに白い消しゴムの跡。文句を言う気も起こらない。

 授業中に、消しゴムを小さくちぎっては投げている。休み時間に椅子の周りのそれを箒で掃除していると、仲の良い子が塵取りを持ってきた。

「またなの! もう先生に話したら? 幼稚すぎ!」
「いいよ。そのうち飽きるから」
「いい気になっているのよ! 何も言わないから!」

 彼の席は、いつも後ろの右端。どんなに席替えしても定位置だ。そこからかなりのコントロールで、私を狙って投げている。

 少し離れた席の彼女に視線を投げかけると、可愛い目をくりくりとさせながら、プイとあからさまに無関心を装って視線を外した。

 彼女は、私がクラスに馴染んできた頃に真っ赤なシャープペンを差し出して「あたしが親友になってあげる」とやって来た。

 わかっている。転校生に急接近してくる子は、クラスのラスボス的存在かその存在に献身的な子か嫌われているかのどれかだ。

 中立を保ち、自分らしくいるために一瞬で見極めるのはなかなか難しいが、生きる術だと言い聞かせてきた。土台、【親友】という言葉を簡単に口にする時点で用心だ。次のテストの結果が周知されるまで我慢。あるポジションまでいけば、むやみな厄介事は自然淘汰される。

 人は、公平なラインで見極められた事実に文句はつけない。ささやかな発言に同意や共感してくれる人が少人数出来て、初めて自分の考えや好みや悩みを伝える。けれど、迷惑や負担になると思ったら距離を置く事にしてきた。勿論、ダメージを被るタイプにも近付かない。

 前者との大きな違いは信頼する人との縁は途絶えないところだ。シャープペンの彼女は明らかに第3ケースだった。消しゴム飛ばしは第2ケース。どちらも人恋しかったのだろう。

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 ある日、消しゴム男子に校舎の屋上に呼ばれた。どういう訳か「学校では札付きの悪(わる)を絵に描(か)いたような男子が、付き合って欲しいと言っている」と告げられた。返答に困っていると「俺の事が好きだという事にしておけばいいよ」と言った。これまた突飛な提案だ。

 1階下で怖い顔で待ち受けている女子に遭遇した。

「シャープ返して! あたしが彼の事好きだって知っていたと思うけど!」

 びっくりする剣幕で告げられた。

「いや。聞いていない。それに別の人の話だよ。シャープは返すけど」

 彼女に親友の印に胸ポケットに入れてと言われ、そんな事で安心感が持てるのかとつけていたが一度も使ってないシャープを返した。

「フン! 少し成績がいいからって! 十人並み以下の顔のくせに」

 人生初の、人の豹変ぶりを見た。呆気にとられていると、卓球台の陰からぬぼっと現れた人にセーラーカラーをクイクイ引っ張られた。

「悪かったな。俺が直接声かけると、センコウに目をつけられるし、お前逃げるだろうと思って。また放課後な」

 遠くで見るよりはるかに長身で、猫背でニキビ面だけどあどけない優しい目で言われ、危うく授業のベルを聞き逃すところだった。

 校庭のバレーコートの隅で木に寄りかかって、モデルの様に彼は立っていた。

「見つかると面倒だからこっち来いや」

 小声で手招きされた。

「来てくれてありがとな。俺、お前と話す時こんな感じになると思うけど、友達とかになれるかな?」

 不安そうに言う。声の震えや仕草や視線から、私の知らない彼の今迄を想像し、噂話も思い出して正直に言った。

「少しずつ、仲良くなれそうな気がする」

 私の勘は意外に当たる。彼には私と呼応する波長がある。

「まじかよ!」

 軽くジャンプした時にタバコが落ちた。

「あのね。先ず、こういうもの学校に持ち込むのを辞められる?」
「あ…あぁ。あはは。お前って、俺が思った通りだ。うん。やってみる」

 初めて視線を合わせてきた。何となく楽しくなって二人で笑った。大柄な分、照れ笑いが可愛いと思ったその時だった。

「お前、なに女連れてにやけてんだ! 財布出せや!」

 ガラの悪いアロハの男が近づいてきた。

「やばい! お前逃げろ! 絶対こっち戻るな!」

 背中を思い切り押された。振り返ると、彼はその男に腹部を蹴られてうずくまっていた。

「早く! 行け!」

 消え入りそうな彼の声を聞いた。

『私にあんな目で笑う人、見捨てるわけないじゃんか!』

 そう声に出していた。

「せんせーっ! 校舎に変な人がきていますぅうう!!! 警察呼んでくださあぁぁぁい!」

 自分でも驚く声が出た。職員室もその他のクラスの窓も開き、玄関の教師はすぐにこちらに向かって来た。背中にずしりと鈍いものが落ちてきてバランスを失い、四つ這いになった。どうやら私も殴られたようだ。

「うちの生徒に何するんだ!」

 竹刀を持った体育教師が叫んでいる。

「バカヤロ。お前巻き込まれたら」

 彼の言葉が聞こえた。私は保健室に運ばれたが、幸い青痣で済んだ。

 そして、その翌日からクラス替えまで、私は時々消しゴムを投げられ続けた。シャープペン女子はテスト後、ラスボス的人物に頼まれたノートを私が貸すようになってから、キーキー言わなくなった。どちらもささやかな事だった。

 そんなことよりも彼が気がかりだった。あの笑顔が忘れられなかった。私の判断の是非は未だにわからない。彼はその後、学校に来なくなったから。

 随分あとに風の便りで 彼が何かのトラブルで怪我をして片目を失ったと聞いた。そして間もなく全盲になるであろうと言われているらしい。

 シャーシペン女子は消しゴム男子とほどなく結婚して、間もなく別れたようだ。

 新学期を迎えるこの頃のステーショナリーコーナーは、楽しいけれどそんな事も思い出す。

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