第12話「母娘の時間」

和彦の実家は閑静な住宅街にあった。父は早くに他界したが、多くの不動産を所有しているため、母と二人で不自由のない暮らしをしてきた。
現在六十歳になる母の志保は、この大きな屋敷に一人で住んでいる。心霊研究家としてテレビや雑誌等で紹介されたこともある有名人であり、本もいくつか書いていて、和彦が物書きになったのも母の影響が少なからずあった。
そして、全国から霊障に悩む人たちが相談に訪れるため、志保は忙しい日々を送っていた。

和彦は、多忙な母の迷惑にならないように、出来るだけ実家には来ないようにしているのだが、母が零美を心配して連れてくるようにと言われた時には帰ってくるのだった。

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「ただいま、母さん」
「お義母さん、ただいま帰りました」

声をかけてしばらくしてから、奥から急いで志保が駆けてきた。

「いらっしゃい、零美ちゃん。おかえり、和彦。ちょうどお料理していたものだから、手が離せなくてすぐに来れなかったのよ。ごめんなさいね」
「今日のスケジュールは? 忙しいの?」

「今日はあなたたちが来るからと思って、他のスケジュールは入れてないのよ。だからゆっくりしてってね」
「ありがとうございます、お義母さん」

大きなダイニングテーブルには、たくさんの料理が並べられていた。

「今日はね、魚屋さんから活きの良い鯛を勧められたのよ。鯛づくしになっちゃったけどね。さあ、お腹が空いているでしょ? いっぱい食べてってね」
「ありがとうございます、お義母さん」
「母さんの料理は見た目の色合いにもこだわるから、見ているだけでよだれが出てきちゃうよ」

和彦の料理好きは母の影響を受けていた。零美も志保から料理を教えてもらっており、一通りは作れるのだが、普段は、比較的時間に余裕のある和彦が作る事が多い。

食べ終わると、志保はコーヒー豆を挽き始めた。和彦は、両親がアルコールを飲まなかったため、自然とアルコールから縁遠い人間となった。零美も飲まないという事もあって、この三人の共通点はコーヒー好きだと言う事。母がコーヒー豆にもこだわりがあるため、和彦も自分で豆を挽いて飲むようになった。零美もこの二人に影響され、コーヒー好きになったという事は当然の成り行きだと言える。

「零美ちゃん、だいぶ疲れているようね」

コーヒーを注いだカップを零美の前に置きながら志保は言った。

「ええ、少し……」

全てを見透かしている志保に対し、さすがという尊敬の念と、本当の娘のように心配してくれる母のような愛情を零美は感じていた。

「母さんは、零美の状態を感じとったから電話してくれたのかい?」

和彦は、小さい頃から母の能力を見てきたので知ってはいるが、離れていても察知できる能力の凄さをあらためて感じたし、また一方では、どうやって母に伝わるのだろうという知りたがりの好奇心もあって聞いた。

「うーん……。誰でもってわけじゃないけど、普段から気にかけている人の場合には、その変化がわかるのかもね」

志保はコーヒーカップを両手で挟むように持って、湯気が立ち上る様を見ながら言った。

「和彦には言ったと思うけど、和彦には姉がいたの。和彦が生まれる一年前に、三歳で亡くなっちゃったんだけどね。だから零美ちゃんを見ていると、本当の娘みたいに思えてくるのよね……」

和彦が黙っていると、零美が口を開いた。

「実はお義母さん、私もお義母さんが、本当のお母さんのように感じるんです。
私は両親を早くに亡くして、祖父母の家で育てらました。祖父母は私を大切に育ててくれましたが、二人とももう亡くなってしまいました。
兄弟もいない私にとって、和彦さんとお義母さんだけが身内なんです。
そして、小さい頃から霊現象に悩んできた私を救ってくれたのもお義母さんでした。
だから……お義母さんが、本当の母親以上に母親に感じるっていうか…」

言葉が続かなくなった零美の肩を、志保は優しく抱いてあげた。その様子を見て、本当の母娘のように和彦は感じた。

「さあ、零美ちゃん。ちょっとこちらにいらっしゃい」

そう言って志保は、零美を和室の部屋に誘導した。そこには、八畳ほどの広さの畳の上に敷布団が敷いてあった。

「ここに仰向けになってね」

志保に言われるまま、零美は布団の上に仰向けになった。
そして、零美の頭側に座った志保は、彼女の頭に右手を当てて静かに目を瞑った。
そのまま動かないでいる志保を、和彦はじっと観察している。

志保は無言のまま、ただただ零美の頭に手を添えている。
零美はまったく安心しきった様子で、しばらくするとスースーと寝息を立て始めた。
その間、とても穏やかで温かな時間が流れている事を、和彦は感じ取っていた。

およそ四十分が過ぎた後、志保は零美に話しかけた。

「もういいわ。零美ちゃん、起きてもいいわよ」

志保の言葉に目を覚ました零美は、ゆっくりと上体を起こした。

「気分はどう?」

和彦の言葉に、零美は優しく微笑んだ。

「お義母さん、ありがとうございました。すっかり楽になりました」
「良かった。来た時に比べて、随分と顔色が良くなったわ。さあ、コーヒーでも飲みましょう」

コーヒーを飲みながら、和彦は志保に尋ねた。

「今回は、いつもより時間が長かったんじゃない?」

志保は、お気に入りのお菓子を口に入れた後、コーヒーを少し飲んで答えた。

「そうね、今日はだいぶと傷ついていたからね。恨みの強い霊と接触したんじゃないかしら」

和彦はいろいろと思いを巡らせていた。

「でも、零美ちゃんも随分と強くなったわ。いろんな人と触れ合い、その人たちの人生に共感する事で傷つくことも多いと思うけど、それがあなたの魂を成長させている。亡くなって霊になった人との関わり合いも、以前よりもうまく出来るようになったみたいだわ」
「はい、お義母さんのお導きのお陰でございます。もしお義母さんに出会っていなかったら、私は今頃どうなっていたかわかりません。
それと、いつも側に和彦さんが居てくださるから、とても心強いです」

和彦は、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
そして、あらためて母と零美が関わっている世界の大変さを感じていた。
またそれと同時に、そういう母や零美の力に少しでもなりたいと和彦は思っていた。

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