二度と来ない夜

 誰もが寝静まった住宅街。草木も眠る静かな闇にほのかな灯りが漏れる。古いアパートの一室から照らされるその灯りは、中にいる二人の心を映(うつ)すかのようにぼんやりと揺れている。

 向かい合う男女は言葉もなく、ただ時間が過ぎ去るのを恐れている。言葉を交わしたら時間が早く過ぎてしまう、そんな思いが彼らを支配している。

 夜遅く、達也(たつや)の部屋を訪れたのは、恋人の美咲(みさき)だった。臆病な二人は傷つくのが怖くて、互いに本音を言えないまま、誤解や行き違いを繰り返してきた。

「愛してる」
「私も」

 何度このやりとりを交わした事だろう。二人は何度、互いの肌を擦(す)り合わせてきた事だろう。それでもなお、心の深いところで通じ合う事が出来なかった。

 愛の言葉を聞いても満たされない。体を重ね合っても満たされない。そんな空虚が、二人を徐々に蝕(むしば)んでいった。運命の糸で結ばれているのなら、どんなにぶつかり合っても切れないものなのか。それを確かめるかのように二人は過ごしてきたが、その糸はもう少しでちぎれそうになっている。

 先が見えない不安に耐え切れなくなった美咲は、達也に別れを切り出した。未来を約束出来ない彼は、彼女の言葉を受け入れる他に術(すべ)がない。下を向いたまま、二人の沈黙は続く。

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 止まったままの時間が、ゆっくりと動き始める。膝を抱えたまま、少しずつ距離を縮める美咲。右、左と、交互に体重を移動させながら、お尻歩きで前に進む。それに気づいた達也。彼の胸が少しずつ音を立て、高鳴り始める。

 窓際に置かれているベッドが、達也の視界に入る。掛け布団がめくれていて、白いシーツが露(あら)わになっている。何度となく、確かめ合った二人の愛。思い出が綺麗な映像となって、頭の中のスクリーンに映し出される。

 喧嘩しては愛し合い、互いの気持ちを確認してきた。スクリーンの中の二人が繰り返してきた日々を、心の中の涙が波となって今、消し去ろうとしている。

「ねえ、最後の思い出、いいかな?」
「……うん」

 達也は頷き、彼女の手をとってベッドへと誘(いざな)う。

 これが最後と思うと、全ての時間が愛(いと)おしくなる。彼女の服に手をかけ、一枚一枚剥(は)がしていく。この工程さえもが愛おしい。二度と訪れないこの瞬間を、しっかりと心に刻みつける。

 二度と見せる事のない互いの裸身。二度と触れる事のない彼女の体。目、耳、鼻、口、手、五感の全てを敏感にさせて、二度と来ない夜を記憶する。

「愛してる」
「私も」

 朝が来なければ良いのにと願う二人を他所(よそ)に、目覚まし時計は時を刻み続ける。

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