憑依型の役者

「君が傍(そば)に居てくれないと、僕はダメなんだ」
「そんな台詞、誰にでも言うんでしょ?」
「信じてくれ。君だけを愛している」
「本当なの?」
「嘘じゃない。僕と付き合ってくれないか?」
「わかったわ」

 君塚徳郎の熱心な告白に、崎本ゆきはついに根負けした。芝居がかった台詞だが、お互い舞台役者なので気にならない。舞台で恋人役になって以来、二人の仲は急速に近くなった。

 ゆきは劇団に入った時から、徳郎のことが気になっていた。寡黙で、あまり人と話さない。どこか陰があって訳ありに見える。そんなところがゆきの好奇心に火をつけた。

 普段は寡黙な徳郎も、酒を飲むと饒舌(じょうぜつ)になる。誰彼構わず捕まえては、胸に秘めた演技論を熱く語る。そのギャップこそが徳郎の魅力だと、ゆきは思っていた。

 有名な占い師に二人の相性を鑑定してもらったゆきがアパートに戻ると、徳郎が壁に向かってうなだれている。その只ならぬ雰囲気が気になって、恐る恐る声をかけてみた。

「……ねえ、どうしたの?」
「やっぱり僕には才能がない……」

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 すっかり自信を失くし、いつもの徳郎とは違うように感じられる。

「そんなことない。さっき、よく当たる占いの先生に観てもらったら、徳郎さんは才能があるって……」
「嘘だ! 僕には才能がないんだ!……僕には……」

 肩を震わせる徳郎の背中から、両手を回して抱きしめるゆき。

「大丈夫、私が居るから。ね、心配しないで」
「……本当? 本当にいつまでも、僕と一緒に居てくれる?」
「約束する。ずっと一緒だよ」
「嘘じゃない? 本当に信じて良いの?」
「もちろんよ」
「良かった、ありがとう……」

 そう呟くと、徳郎はポケットから手錠を取り出し、自分の手とゆきの手を繋いだ。

「えっ、えっ? な、何これ?」
「僕と一緒に死んでくれ」

 そう言うと、徳郎は傍(そば)にあったガソリンを頭から被った。冷たいガソリンの飛沫(しぶき)がゆきの顔にもかかる。

「えっ、やだ! うそ、やめて!」
「これでもう、僕らは永遠に一緒だ」

 ポケットからライターを取り出し、徳郎は覚悟を決めて火をつけた。

「ぎゃーーーーーー!」

 徳郎は一瞬で火だるまになった。ゆきは「いやーーーー!」と叫びながら、固まったまま動かない徳郎を引きずって外に飛び出す。

「だ、誰かーーーー! た、助けてーーーー!」

 その声を聞いたアパートの住人たちが集まってきた。「早く救急車!」「消火器持ってきて!」と誰かが叫んでいる。みんな自分の部屋から消火器を持ってきて、一斉に消火剤を噴射した。

 しばらくして救急車が到着したが、徳郎はすでに息絶えていた。ゆきは重度の火傷(やけど)を負い、救急車で運ばれていく。

 騒然とする戸外とは対照的に、二人の部屋は静寂に包まれている。部屋の片隅には一冊の本があった。それは、才能が枯渇した主人公が無理心中を選ぶ物語。徳郎が主演する舞台の台本だった。

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