伝説の詐欺師の後継者

 紫陽花(あじさい)が顔を濡らし、街に彩(いろど)りを与えているある日の午後。じっとしていても汗ばむ陽気に苛立ちを覚える水沢大洋(みずさわたいよう)。都内のビルの一室には、彼の他に三人の男たちがいる。

 同業者から尊敬を込めて「伝説の詐欺師」と呼ばれる加治屋泰造(かじやたいぞう)。彼の呼びかけで集まったのは、板谷幸吉(いたやこうきち)と橋口元雄(はしぐちもとお)、そして水沢大洋の三人だった。

 板谷も橋口も水沢も、詐欺を長年の生業(なりわい)としている。彼らが伝説の詐欺師として尊敬する加治屋は、三人の男たちに向かってこう言った。

「俺も随分と年をとったし、この辺で引退しようと思っているんだ。お前たちを呼んだのは、俺の後継者を選ぼうと思ってな。お前たち三人の中から一人だけに、俺の詐欺師としての全てを継承する」

 「えっ?」「お、俺たちに?」「マジで?」顔を見合わせる三人。華麗なテクニックで、今まで数十億を騙し取ったと言われる加治屋。その全てを継承出来るとは……。彼らにとっては夢のような話である。

「後継者は、俺が出すテストに合格した一人だけ。残念だが、後の二人には諦めてもらう」

 集まった三人とも、後継者になるのは自分だと思っており、まさか自分が選ばれないとは微塵も考えてはいなかった。

「それから、このテストに参加するには条件があるんだ。参加費が一人百万円になっている。百万円なんて用意出来ないと言う者は今すぐ帰ってくれ」

 百万円と聞いて三人は顔を見合わせたが、誰一人帰る者はいなかった。百万円で伝説の詐欺師の後継者になれるなら安いもの、誰もがそう考えていた。

「さらにだ、テストに合格した者には、三人分の参加費三百万円をやるぞ。どうだ、やる気になったかい?」

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 加治屋の言葉に頷(うなず)く三人の男たち。加治屋は意味深な笑みを浮かべた後、一人一人に大きな封筒を渡した。封筒の中に入っていたのは、三人の男の顔写真とプロフィール。

「この三人の中からそれぞれ一人だけ選んで、百万円を騙し取ってもらう。三人ともそれなりの資産家を用意したから、百万円ぐらい軽いよな?」

 つまり、もし後継者に選ばれれば、騙し取った百万円プラス三百万円で四百万円になる。こんな簡単な仕事で四百万円頂けるなら、やらない手はないと三人は思った。

「それからな、三人の中で一人だけ、比較的騙しやすい奴がいる。後の二人を騙すのは容易じゃないが、そいつは簡単に騙せるはずだ。お前たちには他の二人と別の男を選んでもらうわけだが、俺が用意した騙しやすい奴を選べば一番有利になる。どうだ、面白くないか?」

 四百万円は俺がもらう。誰もがそう考えていた。

 水沢たち三人は、参加費百万円を持って三日後に再び集まる事になった。騙すターゲットが決まったら、同日同時刻に詐欺を決行する。そしてその日の午後九時までに、確かに騙した証拠と騙し取った百万円を持ってここに戻ってくることが条件だった。

 ビルを出た水沢には、勝負に勝つための秘策がある。歩きながら電話をかけた彼が向かったのは、よく当たると評判の占い師の店だった。彼は占い師に、三人のターゲットの顔写真つきプロフィールを見せると次のように説明した。

「私は警備業をしています。皆さん財産家の方ばかりで、財産に関する警護も任されております。人手不足という事情がありまして、三人の中で一番脇が甘くて騙されやすい人を教えていただけませんか。その人に重点的に人数をかけたいと思いますので」

 占い師は頷くと、三人の男たちの写真をじっと見つめてこう言った。

「この室田益男(むろたますお)さんです。この人は人が好過(よす)ぎて、人を疑わないので騙されやすくて心配です。この人にたくさん警護をつけてあげてください」

 水沢は黙って頷くと深々とお辞儀をした後、礼金を支払って店を出た。勝利を確信した水沢は、嬉しさのあまり踊りそうになる衝動を抑えながら帰っていった。

 三日後に再び集まった水沢たちは、約束通り用意した百万円を加治屋に渡した。そして、誰をターゲットにするかで揉めることはなく、水沢は無事に室田益男を選ぶことに成功したのである。

 一番騙されやすい室田を選べた時点で、水沢は既に勝利を確信していた。しかし、嬉しさを噛み殺してポーカーフェイスを装った。

 そしていよいよ、詐欺決行の日。水沢は室田の屋敷を訪れたが、いくつものビジネスを展開する室田はとても忙しく、随分と待たされた。夕方に空いた時間に室田と話をして、詐欺師としての実力を発揮した。その結果、水沢のカバンの中には契約書と現金百万円が収められていたのである。

 時刻は午後八時になろうとしている。急いでタクシーを拾い、約束のビルに到着。時計は午後九時少し前を指している。勝利を確信しながら、急いで加治屋の待つ部屋に向かった。

 予想外に、ドアを開けると部屋の中は真っ暗で、水沢は電気を点(つ)けたが誰もいない。ふと机の上を見ると、何やら白い封筒がある。その封筒を手にとり、中に入っていた便箋を読んでみると、達筆な文字でこう書かれてあった。

「テストに合格したのは君だ、おめでとう。心から祝福する。君が騙した百万円は、全て君のものだ。遠慮なくもらってくれ。ただ、参加費三百万円は私がもらうよ。悪いがこれが私のやり方なんだ。私はこれで引退するが、私の後継者としてこれからも頑張ってくれたまえ」

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