暦の上では春だけど、まだまだ寒くて厚手のコートが手放せない。とくに風が強い日は花粉症と乾燥肌の対策に大忙し。今日はミサキとバレンタインの買い物にきた。エレベーターで催事フロアへ向かう。扉が空いた瞬間、赤やピンクのハートが目に飛び込んできた。
「わぁ、かわい〜♪なんかテンション上がっちゃいますね」
毎年似たような光景を見ているはずなのに、やっぱりドキドキする。
「どんなのにしますぅ?」
「そぉね、男性陣が持ち帰りやすい大きさのがイイかも。小さすぎても寂しいし。」
「そこまで考えてるなんて、さすがカナさん!」
「みんなの顔を思い出しながら選ぶとけっこう楽しいのよね。課長はどんな顔しながらこのチョコを食べるのかなぁ。とか?(笑)」
「たしかに(笑)でも課長とチョコって全然想像できないなぁ」
男性社員は30人くらいいる。女性はその半分だけど各部署に2、3人はいるから、渡すのはそれほど大変ではない。
「これなんかどぉですか?大きさもちょうどいいかも。」
アンティーク調の紺色の箱にいろんな種類の一口チョコが入っている。
「うん。ちょっと大人っぽくて素敵ね。真ん中のまっ赤なハートも可愛いし。(笑)」
「あー待って!これ課長にいいかも?ウケ狙い感がサイコー(笑)」
ほんとこれだけ種類があると迷っちゃうけど、けっこう楽しかったりする。会社用のチョコを買ったら急に甘いものが食べたくなった。ここからほど近いグランドホテル内にある『ミザール』へ行くことにした。軽食はもちろんオリジナルのショコラも楽しめる。もちろんショコラをオーダーし、ミサキに前から気になっていたことを聞いてみる。
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「ねぇ、本命チョコ渡すの?」
「んー正直迷ってるんです。ショウタ君、きっと彼女います。」
「そ、そぉなんだ。」
「告白して気まずくなるのだけはどうしてもイヤなんですよね。友チョコにしようかな。そぉいえばカナさん、本命チョコは?」
「私は、自分用にご褒美チョコかな。ちょっとだけ贅沢にね。それと大人のチョコを部長とマスターにあげるつもり。お世話になってるしね。」
「あ、忘れてた。私も二人に大人のチョコあげますっ(笑)」
久しぶりの女子トークが楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。ミサキと別れて家へ着いた途端、ショウタから連絡がきた。
「カナさん!急なんですが、これから逢えますか?」
今日は約束もしてないし正直疲れてたけど、声を聞いたら何だか無性に逢いたくなった。
「うん。もちろんいいけど、出かけてたから食事の用意が…」
「買って帰りますよ。何がいいですか?」
あんまりお腹空いてないしな。どうしよう。
「ショウタの好きなのでいいよ。お任せるわ。」
「わかりました。じゃあまた後で。待っててくださいね。」
程なくしてショウタが到着。いつものようにラブリーがお出迎えする。
「お疲れさま。めずらしいわね。急に逢いたいなんて。」
この間、酔っぱらって家にきた時からなんだか大人っぽくなった気がする。雰囲気もそうだし頼もしい言葉が多くなってきた。
「逢いたくなったら素直に伝えることにしたんです。」
「もし断ったらどおするの?」
「ものすご〜く悲しいけど、カナさんの意思を尊重しますよ。」
「ありがと(笑)」
「もし僕が断ったらどぉしますか?」
「ん〜あんまり考えたくないけど…寝る!そしたら早く朝が来るから会えるでしょ。」
そんな他愛もないことを話しながら買ってきたものを取り出す。
「はい。サーモンのマリネとポテトサラダ、それにカボチャのコロッケに…」
「ちょ、ちょっと。こんなに食べられる?それにみんなアタシの好きなのばっかりね。」
「まだありますよ。食後のプリンも♪」
やっぱり言えば良かったな。あんまりお腹空いてないって。だけどショウタらしい一面が見えて、なんだか安心した。
「あ、ありがと。ショウタもいっぱい食べてね。」
お惣菜だから今日中に食べなくちゃダメね。無理して食べたせいか胃の調子が。くすり飲んでおこう。
「カナさん、今日はどこに誰とお出かけしてたんですかぁ?」
え?いつもはそんなこと聞かないのに。
「ちょ、ちょっとね。」
あんまり詮索されるのは好きじゃない。
「僕に言えないところですか?それに…言えない相手と?」
今まで静かに身を潜めていた過去のトラウマが蘇る。あんな思いはもう二度としたくない。
「な、なんでいちいちあなたに報告しなくちゃいけないのよ! アタシだって他の人と出かけたい時あるの! 気晴らしだってしたいし。」
「カ、カナさん?!」
「休みの日くらい誰にも気がねなく好きなことしたいだけなのに。ショウタまでどうしてそんなこと言うの? アタシがいけないの? もぉ、どうすればいいのよ!」
「…僕はただ…。カナさん、ごめんなさい。今日は…帰ります。ゆっくり休んでくださいね。」
やさしい言葉をかけてショウタが私の視界から消える。誰よりも好きなのに、愛してるのに彼を傷つけてしまった。
「ご、ごめん、待って!?」
その声はドアの閉まる音にかき消され届かなかった。
翌日、泣きはらした顔を隠すように念入りにメイクする。昨日のことは、どう考えてもアタシが悪い。ショウタが詮索するなんてありえないもん。なぜ信じてあげられなかったのか。疲れていたから気持ち的に余裕がなくなってた? 今夜ちゃんと顔を見て謝ろう。スマホを取り出し急いでメールする。この時間ならもう起きてるはず。
だけどいくら待っても返信が来ない。もう、私のこと嫌いになっちゃったのかな…。そうだよね、誰よりもやさしいあなたを傷つけてしまったんだから。
「……。カナ君? カナ君!」
「えっ? あ、すいません、もう一度お願いします。」
「なんか朝から上の空だな。今日の打ち合わせが最後だから失敗はできないと言ったはずだ。その様子じゃあまり寝てないんだろう? まだ二、三時間はかかるから休んでおけ。」
今日はいつもより遠出だから出社はせず、部長と車で移動している。
「すいません、大事な日に。では、少しだけ休ませていただきます。」
いつもは無理をしてでも起きているけど、さすがに今日は部長の言葉に甘えておこう。後ろの座席に移動し軽く目を閉じると、吸い込まれるように意識が遠のいていった。心地よい振動に揺り起こされて目を覚ますと、大自然に囲まれている。現状が把握できなくて、目をパチパチしてみる。
「おはよ。その様子じゃゆっくり眠れたようだな。(笑)」
「あ、おはようございます。はい、おかげさまで(笑)」
「俺が移動中に寝るのを許したことはあまり話すなよ(笑)」
そぉよね。移動中でも勤務時間内だから居眠りなんて、もってのほか。
「もちろんです。部長も私が大事な打ち合わせ前日に寝不足だったことは内緒にしてくださいね(笑)」
もう許そうと決めた日から、とってもリラックスした気持ちで話せている。仕事のやり方も以前の感覚を取り戻し、順調に進んでいる。
「よし!今回の仕事は絶対成功させるぞ?」
「任せてください!眠気は飛びましたから全力でサポートします。」
3時間後……。当初の予定を大幅に超えて会議を終え、車に戻った。
「部長。申し訳ございません。資料の作り込みがあまかった私のせいです。」
最後の予算面でどうしても折り合いがつかず、契約は決まらなかった。
「まぁ、こんなことは珍しいことじゃない。お前のせいでもないし気にするな(笑) それより、かなり遅くなったな。」
時計を見るとすでに20時を過ぎている。
「もぉこんな時間!?今から高速で戻っても夜中になるし、お疲れですよね? 今夜は一泊して明日の朝早めに出発しますか?」
「…わかった。」
「あ〜お腹すいたぁ。美味しいもの食べて、反省会しましょ(笑)」
中心部へ向かう。平日の21時過ぎだからか、駅前は残業で疲れ切ったおじさま達が数人歩いてるだけ。ビジネスホテルは探す事もなく1軒だけ正面にそびえている。観光客用のホテルなのだろう。飲食店から土産物の店まである。その中の居酒屋に入った。部長はビールであたしはハイボール。
「部長、今回の件リベンジ出来ないでしょうか? 企画を少し変更すればなんとか出来ると思うんです。」
「やっぱりな。君がこのまま引き下がるわけないし、やってみろ。」
「ありがとうございます!早速なんですが…。」
「カナ君、話は戻ってから聞くから、まずは食事にしないか(笑)」
夜も遅いから軽いおつまみとおにぎりで一息つく。
「あ〜お腹いっぱぁい。この瞬間が一番シアワセですっ(笑)」
部屋に戻りショウタに電話する。
「お疲れ様。今日はバタバタしててごめんね。昨夜はごめんなさい。アタシどうかしてた。」
「お疲れ様です。僕こそカナさんの気持ち考えずにあんなこと言ってごめんなさい。辛い経験してるのに、配慮が足りなかったです。」
「ショウタ…会いたいよ。」
「僕も会いたいです。あ、あの〜明日はどおですか?もしお疲れならカナさんの空いてる日に…」
「もちろん大丈夫。何よりも優先する。ほんとは今すぐにでも会いたいくらいよ。だから今夜はもぉ寝るね。早く明日がきてほしいから。」
「じゃあ僕も。カナさん、おやすみなさい。」
「ショウタ、おやすみ。」
fin
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